ある弁護士会の会報誌にて
とある弁護士会の会報誌にて、社外取締役ガイドラインに関連して次のような発言を見つけた。
リーガルマインドを取締役会の意思決定に注ぎ込むことができるのは弁護士の社外取締役だと思います
なるほど。
検討対象
(発言された先生のコンテキストが十分にわからないため当該具体的発言当否ではなく本記事では)「リーガルマインドを取締役会の意思決定に注ぎ込むことができるのは弁護士の社外取締役?」という命題を立てることとする。
なお、この記事は、弁護士で社外取締役を遂行されている先生方、社外取締役に就任した場合に有益なガイドラインや研修、座談会という場での発言などを非難批判する趣旨は一切なく、仮に上記命題を純粋に検討した場合、どういう考え方ができるだろうかという1つの思考整理である。
そして、総論として、リーガルマインドが取締役会の意思決定にinformed decisionとして組み込まれることには賛成であるがその方法として「弁護士=社外取締役」という以前に、企業・組織の法務機能が、取締役会に上程されinformed decisionが行われる前に、考えうる「リスクアセスメント」「リスクトリートメント」を完了し、最後の最後で、リーガルリスク以外の多種多様なリスクを総合した意思決定が実現されていなければならないと思う。つまり、リーガルマインドを取締役会の意思決定に注ぎ込むべきは、必ずしも弁護士社外取締役ではなく、事業部と共同する法務部門の責任であり、その法務最高責任者と協働してなされるべきであろう。
違和感
「リーガルマインドを取締役会の意思決定に注ぎ込むことができるのは弁護士の社外取締役」―なんかさっと読むとそんな気もするし、座して考えてもこれは有力な考え方かもしれない。
しかし、事業の複雑さ、日々事業から学ぶ1人の組織内弁護士として、この考え方を一般化しすぎることは違和感が残る。自身の反省も込めている。
「事業への想像力」の限界・欠如
この「弁護士=社外取締役」的な命題を全力で無条件で肯定する場合、弁護士の弁護士資格に対する「上から目線」「奢り」、さらに事業活動に対する私達弁護士の「無知」「不十分さ」に対する謙虚の足りなさや「事業への想像力」の限界・欠如を感じてしまう。
私も法律事務所で働き始めた頃は、法律事務所には重要な法律相談が次々とくるものだから、企業の90%ぐらいの重要な法務事項は弁護士がサポートしているといったような途方も無い馬鹿な考えを持っていた。客観的なデータはないが、肌感覚で、平時の相談であれば、全事業の2−5%程度多くても10%以下の情報、それも法務部が必要な法的助言を得るためにカットした、極一部分の捨象された事実関係をベースに、相談が来ているだけかもしれない。そう、逆に90%ぐらいのことを「知らずに」外部弁護士は仕事をしている可能性がある。多分。
(※ここでは、社外取締役をわざわざ置くくらいの企業をイメージしており、社長と弁護士が相談して二人三脚で会社を助けているような目が届くケースを含めていない)
社外取締役の資質
弁護士=リーガルマインド=有能みたいな考え方はきついと思っている
いろいろな考え方があると思うし、なにか科学的絶対的な答えはないけれども、組織内弁護士としても、外部弁護士として、お互い、「弁護士資格を差し引いた上で残る、当該人物の「資質」が企業に求められているのか(その上で偶然弁護士資格もあったという具合)」程度の謙虚な構え方をしていたほうが適切ではないかと思う。
弁護士の職域拡大を狙い、企業の社外取締役の「空席」に弁護士を売り込むためにはスパッとした「断言」も必要かもしれないが、「その会社のビジネスがどう動いているか」「その会社がどのようなコア・バリューを持っていてその経営理念・文化を理解しているか」―そのようなあたりまえの難しさや問いが語られぬまま、弁護士=リーガルマインド=社外取締役に向いている、というような見方をして営業をかけても、企業が見れば、弁護士集団は「経営」や「事業」をわかっているのかしら?という不信感や疑問を生じかねない危険性もないではない。
むしろ弁護士の社外取締役の資質としてダメなところ弱いところを語って欲しい
先日、日経新聞で一橋大学楠木建先生が語っていたこともヒントになると思う。座談会では「無謬主義」が語られていたが、かくいうわたしたち弁護士こそ属性的には「無謬主義」のメガネをかけて生きている可能性ゼロではない。
自分のダメなところ弱いところを自覚し、自分の強みはあくまでも条件つきで全面的に優れているわけではないことをわきまえる
他人と自分を比較しない 嫉妬を捨てよう 学び×コロナ時代の仕事論(3)
弁護士はむしろビジネスの場面では「空気を読まない」良さもあるのかもしれないが、それ以前に、事業を「理解せずにコメントしている」可能性がある。司法試験で言えば、問題文を1/5しか読んでいないのに、小問の回答に筆を滑らせているような状態かもしれない。それは、かなり謙虚にならなければ、法律という正論を、前提の吟味や繊細なリーガルリスクマネジメントをせず、いわば「料理包丁」ではなく「大鉈」で繊細な和食料理の下ごしらえをしているような状態になる。
牽制だけ得意な弁護士は事業のスピードを削ぐ、ガーディアン機能とパートナー機能の後者の資質が不可欠と個人的に思う
WG委員として取りまとめに参加した経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」は、直接社外取締役の資質を論じたものではないが、仮に、弁護士が集団として「弁護士=社外取締役」を押すのであれば、私としては、もちろん様々な「経営判断の原則」を含む法令知識などは必要なことは最低条件として、さらに、
- 就任する企業の行うビジネスに関連した経験・理解に加えて(法律事務所という特殊な世界とはまた異なる)一般企業での人事を含む組織の成り立ちや実態への経験・理解
- ガーディアン機能だけではなく、パートナー機能として事業をEnableする考えのフレームワークを持っていること
- ISO31000などの経営の国際標準であるリスクマネジメントの考え方
がもし揃っていると、企業としても選定しやすいと思う。
最後に実際に業界で「IT」を選択してみたものの…
なぜ「ITサービス」に強いか知見があるのか一覧性がなく、また、実際掲載されているレジュメを見てもわからない。
例えば、モバイルゲームをやっている会社であれば、「顧客にモバイルゲームの企業がいてZ年以上サポートしていた」であるとか、「モバイルゲームの会社にX年出向していた」とか、「モバイルゲームの会社で組織内弁護士をY年していた」などの業界経験も細かに必須の記載要件として欲しい。
現状、「IT」の業界に強いみたいなチェックをいれても、なぜその名簿の弁護士が強いのか根拠事実がまったくわからない。言い方をかえれば、全部(または上限まで)複数の業界にチェックを入れておいて検索のHIT可能性を高めることもできるのかもしれない。企業側としては、1人1人にコンタクトして「どういう点でITに強いのですか?」という聞くことも煩雑であるし、「特に知見がある理由・根拠」をぜひ示していただければ助かる(かもしれない)。
最後に:弁護士はフィクションの世界で生きていることもある
私が組織内弁護士なって気がついたブラインドスポットは、「法的に正しいこと」「リーガルマインドから正しいこと」は、事業の全体から見れば、一要素でしかない。重要な要素ではあるが、過大評価されている場合が多い。
裁判所の裁判官・原告・被告という証拠に基づく事実+法的主張がどちらが法の解釈適用として正しいか、という「裁判」というフィクション(フォーラム)でのルールを、法律の世界以外の「現実の世界」や「会議」や「フォーラム」で炸裂させても、実は本人は「正論!」と思っていても、結果的に、人は動かないし、実はinformed decisionには有害なこともある。ここでは詳述する体力はないが、上記の通り、私個人としては、「弁護士資格を差し引いた上で残る、当該人物の「資質」が企業に求められているのか否か(その上で偶然弁護士資格もあったという具合)」程度の謙虚な構え方をされている先生の方が、多くの企業から信頼を得て、重宝されるのではないかと思う。
(了)
※記事に関しては個人の見解であり、所属する組織・団体の見解でありません。なお、誤植、ご意見やご質問などがございましたらお知らせいただければ幸甚です(メールフォーム)。