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社会的手抜きと働く意義の再考:現代の法律家が直面する課題
弁護士、司法書士、税理士、会計士といった「士業」の肩書きを持つ我々は、個々の専門性を武器に独立して業務を遂行しているようでありながら、実際には多くの場合、集団の一員として働いています。事務所に所属したり、プロジェクトチームのメンバーとして案件を担当したり、時には複数の専門家と連携してクライアントに対するトータルソリューションを提供することも少なくありません。
しかし、集団での仕事には「社会的手抜き」という罠が潜んでいます。この現象は、集団での共同作業において、一人当たりの生産性が低下することを指します。たとえば、M&Aの大規模案件で、10人以上の法律チームが編成されたとき、「自分が手を抜いても、他の誰かがフォローしてくれるだろう」といった心理が働くことがあります。このような状況は、集団全体の効率を著しく低下させ、依頼者に対するアウトプットの質をも下げてしまう恐れがあります。
社会的手抜きの心理学的背景:責任の分散と匿名性
心理学者ラタネ(Bibb Latané)とダーリー(John Darley)は、社会的手抜きの原因として「責任の分散」と「匿名性の増加」を指摘しました。責任の分散とは、集団が大きくなるにつれて個々のメンバーの責任感が希薄になる現象です。集団内のメンバーが増えると、「他の誰かがやってくれるだろう」といった思考が働き、自分の努力が結果に与える影響を小さく感じてしまいます。
また、匿名性の増加も社会的手抜きに拍車をかけます。大規模な集団では、個々の努力や成果が見えにくくなり、評価される機会が減少するため、「自分が手を抜いてもバレないだろう」といった気持ちが生じやすくなります。司法書士事務所での案件管理も同様です。メンバーが増え、各自の役割や貢献が見えにくくなると、責任感が希薄になり、集団全体のパフォーマンスが低下するリスクが生まれるのです。
働く意義の変化:終身雇用から成果主義へ
さらに、現代の職場環境では、「働く意義」も変化しています。かつては終身雇用や年功序列といった制度が主流で、働くことの意義は「組織に尽くすこと」でした。しかし、グローバル化や技術革新の進展により、企業間の競争が激化し、即戦力となる人材の必要性が高まっています。その結果、個々の専門性や成果が重視される「成果主義」が主流になりつつあります。
この変化は、労働者に「キャリアの自己責任化」を迫ります。個々の法律家が、自らの市場価値を高めるため、自己研鑽を続けることが求められるようになったのです。法律事務所でも、成果主義の影響が顕著です。クライアントの要望に応え、実績を上げることで、事務所内での評価や報酬が決まる時代になりました。
社会的手抜きの防止策と働く意義の再構築
それでは、私たちはこの社会的手抜きをどう防ぎ、働く意義を再構築すべきなのでしょうか。心理学的な対策としては、「成果の可視化」と「役割の明確化」が挙げられます。
例えば、週次ミーティングで各メンバーが自分の進捗と成果を報告し合う場を設けることで、他のメンバーの努力を見える化し、フィードバックを与えることが効果的です。プロジェクト終了時には、個々の成果を詳細にフィードバックし、次のキャリア形成に役立てることも重要です。
また、役割の明確化も責任感の強化に寄与します。案件のチームでは、各案件ごとにリーダーを任命し、そのリーダーがチームメンバーの進捗を管理することで、個々の責任感が向上し、社会的手抜きが防止されます。さらに、キャリアの自己責任化を意識し、個々が自身の成長を見据えた行動をとるよう、定期的なキャリア面談や研修プログラムを導入することも有効です。
終わりに:新しい働き方への適応
現代の法律業務は、かつてのような「一生一つの事務所で働く」ことが前提ではなくなりました。社会的手抜きという集団心理の罠に陥らず、各自が自らのキャリアに責任を持ち、組織全体のパフォーマンスを向上させることが求められます。産業・組織心理学の知見を活かしながら、新しい働き方に適応し、効率的かつ意義のある業務を遂行していくことが、現代の法律家に求められる姿勢ではないでしょうか。
司法書士の「二大雑誌」の1つ『月刊登記情報』(きんざい様)での管理人の連載「法律業務が楽になる心理学の基礎」(京都大学の心理学の先生にレビュー頂いておりました)をベースとしたエッセイ風の気楽な読み物です。エッセイでの設定は適当です。
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(了)
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