久保利英明弁護士「弁護士は法廷を離れ、国内外を問わず相談や交渉という法的サービスの担い手に変化」丨メモしたい、法務の言葉

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久保利英明弁護士―メモしたい法務の言葉とは?

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Problem Statement (問題の所在)

法務部員・組織内弁護士は、不確実性が高まる環境の中で、社内のクライアント(依頼者、経営者、事業部門など)の意思決定を十分な情報に基づいて支援する役割を担います。 しかし、日々の業務で何をすべきか迷うときもあります。

ソリューション

定期的に、法律雑誌などで見つけた「珠玉の言葉」を紹介します。 ノートやスマホにメモすることで、自分を鼓舞したり新しい気付きを得るきっかけになることを期待しています。

想定する読者

法務部門の方(とりわけ組織内弁護士・インハウス弁護士)、外部弁護士の方、ロースクール生・司法修習生の方

久保利英明弁護士の言葉

久保利英明弁護士「弁護士は法廷を離れ、国内外を問わず相談や交渉という法的サービスの担い手に変化」

久保利英明「Book 必読書 わたしの一冊」財界2025年10月8日号102頁

中堅組織内弁護士による分析(個人的な考え)

久保利弁護士は、自らも第1章を執筆された内田貴編『弁護士不足―日本を支える法的インフラの危機』(ちくま新書、2025年)を紹介したうえで、「弁護士は法廷を離れ、国内外を問わず相談や交渉という法的サービスの担い手に変化している」と述べています。

  • この指摘を裏付ける客観的なデータとして、国は異なりますが、法社会学者のGalanterによる米国連邦裁判所の統計分析が挙げられます。研究によれば、米国における連邦民事事件のうち実際に事実審理(トライアル)が行われた割合は、1962年の11.5%から、2002年には1.8%まで低下しました。この「10件に1件」から「50件に1件」未満への数値の変化は、弁護士の主戦場が、判決を争う法廷から、和解や交渉を行うプロセスへと物理的に移行している事実を示しています。
  • 変化が起こる経済的なメカニズムについて、Gilsonは「取引コスト」の観点から検証しています。彼は、ビジネス弁護士の機能を「情報の非対称性を解消し、取引を成立させること」と定義づけました。紛争後の勝利よりも、事前の契約設計や交渉によってコストを下げるほうが、クライアントにとっての経済的価値が高いという分析です。
  • さらに、Bagleyもハーバード・ビジネス・レビューにおいて、法務を競争戦略に組み込む企業の方が高いパフォーマンスを上げうることを示唆しており、現代の弁護士業務において、法廷での対立以上に、事前の「相談」や「戦略構築」の比重が高まっていることを学術的に裏付けています。

ここで、「弁護士は交換の取引コストを削減するように機能する。(中略)価値は取引が成立した時に生み出される…」についてもう少し検討してみましょう。

これは弁護士以外の様々な専門知識をコアとする他の専門職種でも時代とともに職務の内容が変化しています。

  • 例えば、公認会計士の領域においては、オックスフォード大学のFreyとOsborneによる有名な推計が、従来の業務モデルの終焉を示唆しています。彼らの分析によれば、会計・監査といった定型的な計算業務は98%の確率で自動化されるリスクがあるとされました。これに伴い、現代の会計専門職の役割は、財務諸表の作成そのもの(情報の非対称性の維持)から、数値の意味を経営者に翻訳し、意思決定のコストを下げる「ビジネス・パートナー」としての役割へと急速にシフトしています。
  • 医療の分野においても同様のパラダイムシフトが見られます。マクマスター大学のSackettらが提唱した「EBM(根拠に基づく医療)」や、その後の「シェアード・ディシジョン・メイキング(共有意思決定)」の流れは、医師の役割を「権威的な診断」から「患者との合意形成」へと変化させました。コクラン・ライブラリー等のシステマティック・レビューが示すように、医師が専門知識を一方的に提供するだけでなく、患者の価値観とすり合わせる(交渉する)プロセスを経たほうが、治療の不履行という「コスト」を低減し、予後を改善することが実証されています。
  • 以上の通り、一般的な傾向としては、専門職において、知識そのものの提供よりも、知識を用いてクライアントの意思決定を円滑にする「取引の成立」にこそ、価値の力点が移っていると論じられる可能性があります。

これを弁護士が相談をうける一般的な紛争についてあてはめてみると、例えば、離婚訴訟における弁護士の役割は家族法の法情報の提供ではなく「夫婦間の感情的対立や情報の非対称性を緩和し、持続可能な生活再建に向けた『合意形成のコスト削減』」、相続の相談では相続法の法情報の提供ではなく「親族間の複雑な利害関係を調整し、資産価値の毀損(散逸)を防ぐための『最適な配分プロセスの設計』」、商取引における契約書の作成・相談については民事法の法情報の提供ではなく「将来の不確実性(リスク)を合理的に配分し、ビジネスの成立を阻害する要因を取り除く『取引構造のエンジニアリング』」となるのかもしれません。

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(了)

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