アサーションの妙技:法律家がコミュニケーションの達人になるために
法律家として、私たちは日々、依頼者や相手方の代理人、裁判官など、さまざまな人々とコミュニケーションをとる必要があります。
そのたびに、自分の意見を率直に伝えるか、それとも黙って従うか、心の中で葛藤することもあるでしょう。
まるで、昔のパリのサロンで「主張するのがスマートか、それとも沈黙が金か」と悩む貴族のように。そんなときに役立つのが、「アサーション・トレーニング」です。
アサーションの起源:自己表現の確立とその歴史的背景
アサーションという言葉は、「自分の意見や気持ちを正直に、率直に、そして適切に表現すること」を意味します。これは、1940年代にアメリカで始まった心理学的なアプローチに端を発します。当時の行動療法の研究者たちは、神経症や不安障害を持つ患者に対して、適切な自己表現を教えることで、症状を軽減させる試みを行っていました。その中で、「自己表現」を学ぶことが精神的な健康に寄与することが分かってきたのです。
1950年代後半には、アサーション・トレーニングが一般的なコミュニケーション技法として広まり、心理学者ロバート・アルベルティとマイケル・エモンズが「すべての人々のための能力開発」として提唱しました。彼らは、アサーションを単に症状改善のための手法に留めず、健康な人々のコミュニケーション能力向上のための教育(サイコエデュケーション)として位置づけました。
例えば、ある法律事務所の若手弁護士が「上司に対して、もっと自分の意見を言いたいけれど、怖くて言えない」という悩みを抱えていたとしましょう。このような場合、アサーション・トレーニングを通じて、自己主張の方法を学び、上司に対しても適切に意見を伝えることができるようになります。これはまさに、「沈黙する貴族」から「自らの声を持つ市民」への変革です。
DESC法:法律業務における実践的アプローチ
アサーション・トレーニングにはさまざまな手法がありますが、中でも「DESC法」は特に効果的です。これは、Describe(記述)、Explain(表現)、Specify(提案)、Choose(選択)の4つのステップから成り立つ方法で、自己表現を体系的に行うためのフレームワークです。
例えば、ある事務所の弁護士が、遅刻を繰り返す事務員に対してこの手法を使ったとします。まず、「君は今朝、9時の会議に30分遅刻した」(Describe)と状況を客観的に説明し、「そのことで私は依頼者に対して信頼を損なったと感じた」(Explain)と自分の感情を伝えます。そして、「今後は会議のある日は30分前に出勤するか、遅れる場合は必ず連絡を入れてほしい」(Specify)と具体的な提案を行い、最終的に「この方法で今後対応してもらえますか?」(Choose)と、相手に選択肢を提示します。
このようにして、感情的な対立を避けながら、相手に自分の意見を伝えることができます。法律家としては、交渉や依頼者とのやり取りにおいても、こうした構造化されたアプローチを用いることで、より効果的なコミュニケーションが可能となるのです。
法律家とアサーション:二者択一ではない第三の道
法律家としては、「攻撃的」か「受け身的」かという二者択一に陥りがちです。依頼者の要求に対して、強硬に対応するか、それともすべてを受け入れてしまうか。しかし、アサーションはそのどちらでもない、「第三のコミュニケーション方法」を提供してくれます。
例えば、依頼者から「どうしてこんなに遅いんですか!」と責められたとき、「申し訳ありません、すぐに対応します」と受け身に徹するのではなく、「おっしゃる通り、遅れてしまったことは申し訳ありません。ただ、現在の案件が重なっているため、すぐには対応できません。明日の午前中にはお返事できると思いますので、それでご都合はいかがでしょうか?」とアサーティブに対応することで、依頼者の不満を軽減しつつ、自分の負担も軽減できます。
まとめ:アサーションの意義
法律家として、アサーションを学ぶことは、依頼者や関係者とのコミュニケーションをより円滑にし、業務の効率を高めるだけでなく、自己理解と自己成長にもつながります。心理学者平木典子先生の著作にもある通り、アサーションは「自分も相手も大切にする」自己表現です。私たち法律家も、日々の業務でこのアプローチを取り入れ、コミュニケーションの達人を目指してみてはいかがでしょうか。
司法書士の「二大雑誌」の1つ『月刊登記情報』(きんざい様)での管理人の連載「法律業務が楽になる心理学の基礎」(京都大学の心理学の先生にレビュー頂いておりました)をベースとしたエッセイ風の気楽な読み物です。エッセイでの設定は適当です。
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