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法務の談話室 [8/13]丨ヒューマンエラーと法律家の葛藤:ミスから学ぶこと

ヒューマンエラーと法律家の葛藤:ミスから学ぶこと

ちょうど1年前、私は「法律業務が楽になる心理学の基礎」の新しいテーマを考えながら、ふとテレビをつけました。すると、飛行機が炎上している映像が目に飛び込んできました。羽田空港で起きた痛ましい事故のニュースです。その後、事故の原因を巡って多くの人々が「〇〇のミスだ」「いや△△の責任だ」と、責任の所在について議論していました(謹んで、哀悼の意をささげます)。

この状況を見て、私は改めて「ヒューマンエラー」というテーマに立ち戻る必要があると感じました。

ヒューマンエラーとは何か:認知心理学の視点

ヒューマンエラーは「期待を逸脱した人間の誤った行為」と定義されます。

ここで重要なのは、エラーが単に人間の内部だけで生じるものではなく、状況や環境との相互作用の中で発生するという点です。オーストラリアの心理学者シドニー・デッカーは、行為が生じた状況下ではその行為が「局所的合理的」であったとし、「ヒューマンエラーは、システム全体の一部としての人間行動の結果である」と指摘しています​。

例えば、法律家である私たちも、日々の業務で無数の決定を行い、その中で誤りを犯すことがあります。ある依頼者にメールを送る際、watanabeという名前を入力したところ、システムが自動的にwatanabe.y@…という候補を表示し、確認せずに送信してしまった結果、別の渡辺さんに誤送信してしまったということがありました。

これも、業務に追われている中で「合理的」な判断だったかもしれませんが、結果的にはエラーとなったのです。

ヒューマンエラーの分類:ドナルド・ノーマンの理論

アメリカの心理学者ドナルド・ノーマンは、ヒューマンエラーを「ミステイク」と「スリップ」に分類しました。ミステイクとは、行為の意図自体が誤っている場合であり、例えば法律の適用を誤ったり、根本的な理解が間違っていたりするケースです。

一方、スリップとは、意図自体は正しいものの、行為の実行段階で誤りが生じる場合です。先ほどのメール誤送信はまさに「スリップ」の典型例です。

さらに、ノーマンは「ATS理論(Activation-Trigger-Schema)」というモデルでスリップを説明しています。これは、人間の行為が「意図の形成→スキーマの選択・活性化→トリガーメカニズムによる実行」という段階を経て行われることを示しています。

たとえば、法律家が契約書の作成時に過去のひな形を使おうとして、誤って前の案件の名前を残してしまうようなミスも、意図は正しくても、実行段階で誤りが生じた例と言えるでしょう。

システムとしてのエラー防止策:法律事務所のケーススタディ

司法書士事務所Aでは、新株予約権の登記申請で誤りが続出しました。若手司法書士Cは、案件ごとの微妙な違いを見落とし、過去の申請書の文言をそのまま利用してしまったのです。これは「スリップ」の一例です。この事務所では、「外部からの注意喚起」が不足していたため、上司が二重確認の仕組みを設けていなかったことも問題でした。これを解決するには、システム全体としてミスを防ぐ仕組みを整備する必要があります。

例えば、テンプレートを利用する際に、「ここに新しい案件の情報を入力してください」と赤字で表示されるようなガイドラインを設ける、または上司が提出前にチェックするシステムを導入することです。これにより、ヒューマンエラーを防止することができます。

ヒューマンエラーと法律家の役割

法律家にとって、ヒューマンエラーは避けて通れない課題です。しかし、ミスを個人の責任に帰すのではなく、システム全体の一部として捉え、改善策を考えることが重要です。認知心理学の視点を取り入れ、業務フローの中でどのようにエラーが発生するのかを理解することで、法律家としての質を高めることができます。

最後に、ヒューマンエラーを減らすことができれば、依頼者の信頼を損なうこともなくなり、業務の効率も向上するでしょう。私たち法律家がヒューマンエラーを理解し、そのリスクを低減することこそ、現代の法務業務における新しい使命と言えるのではないでしょうか。

司法書士の「二大雑誌」の1つ『月刊登記情報』(きんざい様)での管理人の連載「法律業務が楽になる心理学の基礎」(京都大学の心理学の先生にレビュー頂いておりました)をベースとしたエッセイ風の気楽な読み物です。エッセイでの設定は適当です。

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(了)

※記事に関しては個人の見解であり、所属する組織・団体の見解でありません。なお、誤植、ご意見やご質問などがございましたらお知らせいただければ幸甚です(メールフォーム)。

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