
加藤新太郎 元裁判官の言葉丨目次
加藤新太郎 元裁判官―メモしたい法務の言葉とは?
加藤新太郎 元裁判官の言葉
加藤新太郎 元裁判官「(中村直人先生のチームであった山田弁護士を褒めて)山田さんのようなレスポンスは、裁判官の精神衛生上も、何より弁護士の執務姿勢としてもとてもよい。」
加藤新太郎=中村直人「弁護士と裁判官のキャリア・プランニング―育ち方・育て方」NBL1300号(2025年)34-52頁
中村直人先生の教えを受けた敬愛する先生は、中村直人先生のことを「お師匠さん」と呼ばれています。
中堅組織内弁護士による分析(個人的な考え)
不確実性低減理論:裁判官やお客様の「心の平穏」を守る
NBLを読んで、元裁判官の方が、弁護士の特定の行動を褒めていらっしゃった部分でしたので、特に心に残りましたので、ご紹介しています。
加藤元裁判官が述べた「裁判官の精神衛生」という観点は、チャールズ・バーガー教授らが1975年で提唱した(古典的な論文でもある)「不確実性低減理論」で科学的に説明できます。
対人関係において、人は相手の行動が予測できない状態(不確実性)に強い不安を感じます。例えば、裁判官は、期日が迫る中で、生じた疑問について「弁護士からいつ回答が来るか分からない」「故に、主任裁判官に報告できない」という状態にストレスを感じるかもしれません。山田弁護士の即座のファックスは、この不確実性を一瞬で除去し、裁判官に安心感という体験を与えました。
“Central to the present theory is the assumption that when strangers meet, their primary concern is one of uncertainty reduction or increasing predictability about the behavior of both themselves and others in the interaction.” (本理論の中心にあるのは、見知らぬ者同士が出会った際、彼らの主要な関心事は不確実性の低減、すなわち相互作用における自分自身と他者の行動についての予測可能性を高めることであるという仮定である。)
法務部門でも、相談者からの質問を3日も4日も寝かしているのか(え、年内に回答ない系!?と思われます)、『組織内弁護士の教科書』でも書いた通り、すぐに「12月26日の正午までにどれほど遅くても返信いたします」とメールをして年末の非常に忙しい中で、相手を不安にさせないのか、私たちが選択すべき行動は明らかであると思います。
シグナリング理論:言葉よりも雄弁な「コスト」
また、出張帰りという疲労の状況で対応した点は、ノーベル経済学賞受賞者マイケル・スペンスの「シグナリング理論」から見ると面白いヒントがあります。
口先だけで「誠実です」と言うのはコストがかかりませんが、疲労を押して即答するという行為は高いコストを伴います。容易には真似できない(コストがかかる)行動をとることで初めて、相手に自分の能力や誠実さが本物であるという信頼できるシグナルが伝わるのです。
“Signals are alterable attributes… The costs of signaling are negatively correlated with productive capability.” (シグナルとは変更可能な属性である… シグナリングのコストは、生産能力と負の相関関係にある[=能力が高い・誠実な者ほど、その行為を行うコストを相対的に低く感じ、実行できる]。) Michael Spence, “Job Market Signaling” (1973). [疑わしいリンクは削除されました]
これは個人的な推察ですが、加藤先生の記憶の中に山田先生の行動が残っていたのは、出張帰りと言う非常に忙しい状況の中で連絡をしてきたと言う点にあるのではないかと考えています。このエピソードに限らず、このような信頼の通貨を場面場面で、山田先生がおそらく獲得されていたことが伺われます。中村直先生がこのようなレスポンスの速さを直接ご自身が押しになっていたからこそ、お弟子さんたちがそのように行動されていたのではないかと拝察しております。
結論:レスポンスは信頼への投資である
バーガーの理論は相手の不安を取り除く効果を、スペンスの理論は自分の誠実さを証明する効果を裏付けています。山田弁護士の行動は、単なる連絡ではなく、裁判官との信頼関係を構築するための高度な戦略的行動でした。インハウスローヤーの皆さんも、社内クライアントからの問い合わせに対し、まずは「受け取りました」と一報を入れること。そのわずかな手間が、不確実性を消し去り、あなたのプロフェッショナルとしての評価を決定づけるのです。
私たちも見習いたいものです。それでは、よいクリスマスイブをお過ごしください。
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(了)
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