速報/御礼丨リーガルリスクマネジメントの教科書 重版へ(詳細はこちら)

法令解釈が未確立の場合におけるリスクテイクと取締役責任(国際商事法務49巻5号)

五つ星になれる英才な若手弁護士、足りない執筆機会を依頼者が助けるというアイデア

1.御礼と論説要旨

1-1. 国際商事法務最新号に論説掲載(御礼)

この度、西村あさひ法律事務所に所属されている玉虫香里先生(京都大学法学部卒、2018年弁護士登録)と福島惇央先生(東京大学法学部卒、2019年弁護士登録)と共同研究しておりましたテーマについて、論説が公刊されました。

渡部友一郎=玉虫香里=福島惇央「法令解釈が未確立の場合におけるリスクテイクと取締役責任―無過失の評価根拠事実としてのISO31022(リーガルリスクマネジメント)の運用」国際商事法務49巻5号(2021年)631−636頁です。

執筆の機会を20年に続いて若輩の当方らに与えてくださり、温かいご指導と多大なご支援をくださった、平野温郎先生(東京大学大学院法学政治学研究科教授)には改めて心から御礼申し上げます。また先生が報告機会を与えてくださった、21年4月の「国際取引法フォーラム」での研究報告でフロアからのご教示・ご示唆にも大きな影響を受けました。

なお、当該論説の内容及び文書の拙さがあるとすれば、共同執筆者の玉虫先生・福島先生まして平野先生とは無関係に、筆頭筆者である私の責任でございます。まだまだ、研究の途上にございますため、浅学菲才な点についてはどうぞ御海洋いただければ幸いです。また、京都大学の先生から、当該分野について同じ問題意識を持っているとのことでご連絡を賜り、今後、さらに勉強を重ねて参る所存です。

1-2.論説の狙い:ISO31022と会社法上の取締役責任との関連を考察

取締役は当該行為が法令違反となる可能性には気づいているが、法解釈が不明であったり争いがあるため、弁護士等の専門家の意見を徴しても、果たして当該行為が法令違反かが確実でない(適法とされる可能性も十分ある)、といった場合もあり得よう。…[こ]の場合、会社が当該行為をすることにより、裁判所の判断等を通じて法解釈が明確になることは、社会全体の利益になることであるから、当該行為が後に裁判所で違法とされたからといって、直ちに取締役に過失があるとは認めるべきではない。むしろこのような場合は、取締役は、会社が法令違反の[筆者注:おそれに関する]リスクを取ることの利益と不利益とを比較考量(費用便益計算)し、当該行為の決定時点において、当該行為をするほうが会社の利益になるうと合理的に判断した場合は…過失はないと解すべきである(後略)。

田中亘『会社法』279頁(有斐閣、2021年、第3版)

情報通信・ITの組織内弁護士をしておりますと、毎日が新作問題です。基本書、専門書、裁判例を調べ尽くしても、外部弁護士に意見を徴しても、なお『法解釈が未確立』ということはよくあります。

本論説の要旨は、

  • 田中亘先生の会社法423条の取締役の責任に関する上記ご見解を取りあげ、実際の「法令解釈が未確立」のケースにおける訴訟では、田中説(費用便益計算)が攻撃防御方法においてどのように位置付けられ、どのように取締役の責任を否定する結論を導きうるのかについて考察
  • その上で、2020年5月に発行した国際規格ISO31022(リーガルリスクマネジメント)に沿った運用を行った場合に、田中説との関係において、会社及び役員を免責する方向においてISO31022がどのように役立ちうるかを述べたものです。
  • 「ISO31022」と「会社法上の責任」とを初めて架橋しようと試みたものです。

1-3.なぜこの研究が、いま、必要なのか?

法律問題に対して過去を振り返りながらリスク回避を最優先に取り組むという姿勢( backward-looking, risk-averse approach )は、インターネットの世紀には通用しない。企業の進化が法律の変化を遥かに上回るスピードで進むからだ。

Google エリック・シュミット元会長 『How Google Works』より

この論説の根底にある実務的な危機感としては、「法令解釈の確立を待たずに、迅速な意思決定を要する場面は、リアルとインターネットが融合するSociety5.0では、さらに急増する。そして、この一刻が、世界での競争の明暗を分ける。そうだとすると、日本が国際競争力を維持するためにも、法令解釈が未確立な場合における『適切なリスクテイクの推進』のためには、会社法の取締役責任の分水嶺を探し当てる努力が不可欠」ということがございます。

(*)緊急事態宣言もあり、もし上記論説にご興味があるFBでつながりを既にいただいている実務家の先生や法務担当者がいらっしゃいましたら、どうぞお知らせください、PDFを喜んで先生方のご研究用に共有申し上げます。

2.四大法律事務所の若手気鋭弁護士2人との共同調査・執筆の狙い

若手の先生をEmpowerするワクワクする新しい取り組みでした。

2-1.法律事務所に眠る無数の若手弁護士の秀逸なリサーチメモ。法律実務家の知識の輪に、つなげないか?

次に、主に、法律事務所とお仕事をされている会社法務部の方向けに、この度、私が取り組みたかった別のテーマをお話いたします。一言で結論を申し上げますと、執筆機会がこれまであまりなかった若手弁護士の先生の『新しいEmpowerment』の試みです。そして、究極的には、法律事務所に眠っている無数の知識の種(メモランダム)を、テーマによりますが、可能な限り『法律雑誌の論文・論説・記事』という未だ根強い『書物=法律実務家の知識の輪』のエコシステムに繋げることです。

具体的には、企業法務系の法律事務所の若手弁護士は、とてつもない時間をかけて正確なリサーチメモを書く訓練を日々受けていますが、対外的な発表機会はありません。時に、完成したリサーチメモは、これまで発表されていない論説や記事にも匹敵する法曹界全体に『法律実務家の知識の輪』として役立つものが誕生します。

ところが、これらのメモがお客様以外の目に触れることは、ほぼありません。お金を支払っている側からすると、「敵(競合他社)に塩を送る」要素があり、実益がないように思われるからです。また、各大手法律事務所の方針により異なるかもしれませんが、私の現状認識としては、一般的に、パートナー名で発表される論説の下調べ・下書き又は共著などはあっても、1〜3年目の若手アソシエイトの先生は必ずしもお客様の依頼を直接受任できるわけではありません。

2-2.著作物=専門性を裏付ける、という一応の推定

著作のメリットは、発信することにより、未知の情報を調べ尽くし、さらに、対外的にそのテーマについて執筆した専門家としてRecognizeされる契機を含みます。事実、私も依頼者として弁護士の先生を探す際には、当然、過去の執筆一覧などはウェブサイトで確認し、その弁護士の専門性の真偽を推認するのです。

ここには、まだ日本の法曹界や法務部門に残る神話的な部分もあるのかもしれませんし、私が両親が学者ということに過度に影響されているのかもしれませんが、著作物は、やはり、その専門性を見る際の重要な尺度になっている気がします。

2-3.全部ではないとしても一部の基礎リサーチを、若手弁護士のクレジットとしてその成長に役立ててもらうことはできないか?

若手弁護士のキャリアが多様化し、さらに、留学時やパートナー選考時など、独自色(各法律分野における専門性や新規性)の立証責任は、若手弁護士にあります。そのようなとき、自分の強みとしたい分野について、対外的な著作を継続的に執筆していると、米国LLMの自己アピールなども説得力が変わってくるかもしれません。また、まだパートナー就任前であっても、過去に著作があり、当該法律事務所で一番調査を通じて知識を蓄えているシニアアソシエイトの先生がチームに加わってくださることは、依頼者としても嬉しい限りです。

今回の論説は、(念の為にお断りしておきますと)私が所属している事業会社が依頼したものではなく、私個人が別件で法律事務所に依頼したリサーチメモについて、上記のかねてからの構想を実現したものです。私の得意分野は限られており、日々アップデートされるコーポレートガバナンスの俯瞰的・最先端知識はございませんし、例えば、取締役の責任については会社訴訟を得意とする集積された専門的知見が不可欠です。

このように、本件では全部を若手弁護士のクレジットとして使っていただけましたが、同様に、一部の基礎部分(共有すると法曹界全体の議論につながる場合など)について、若手弁護士のクレジットとして使っていただければ、若手弁護士の先生のご成長をEmpowerできるのではないでしょうか。

3.おわりに

企業法務(企業―法律事務所間の仕事)は、学者の先生にとっても、日々新しい論点が生まれる場所であるはずです。

このように、若手弁護士の先生の素晴らしいメモは、①お客様のリーガルフィーの対価、②若手弁護士自身の経験、という閉じた価値に限られていましたが、このように、広く共有を可能な範囲で試みることにより、③若手弁護士の先生のクレジットとしてキャリアを一クライアントの立場からも支援できる、④発表された論説が、実務・学会にも著作物という形で伝播可能性を持つにいたり、日本全体の法学面での学術的向上が期待できるかもしれないこと、が挙げられます。

何より、私自身がアソシエイトだったころ、自分の人生の一部を猛烈に燃やして作ったリサーチメモが「もし短くても著作物になったらな」と夢見た時期がありました。猛烈なリサーチをしたアソシエイトの先生は、もしかしたら、日本一その論点に精通している可能性もあるのです。そのような若手の先生の知識・発見をリスペクトし、次世代を担う方々の成長を思うと、嬉しいなと私は感じます。

今後、個人的な願いとしては、組織内弁護士と法律事務所の若手の先生との共同執筆や、(会社がご支援する形で、時間が経過して差し支えないメモランダムを)若手の先生の著作として再構成して発表できるようなエコシステムがうまれたらいいなと思っております。


(了)

※記事に関しては個人の見解であり、所属する組織・団体の見解でありません。なお、誤植、ご意見やご質問などがございましたらお知らせいただければ幸甚です(メールフォーム)。

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