心理的アセスメントと法律家の使命:依頼者との新しい向き合い方
法律家として、私たちは依頼者からの相談に日々応じ、時には複雑な感情のもつれに直面します。もしかしたら、誰しも、「こんな依頼、受けなければよかった…」と思うことが一度や二度ではないのは、
おそらく私だけではないでしょう。依頼者は法的な問題を抱えながらも、同時に心に悩みや不安を抱えていることが多く、それにどう応じるかは法律家としての腕の見せ所です。
今回は、法律業務を心理学的な視点で考える「心理的アセスメント」について、歴史的な背景を踏まえながらお話ししましょう。
心理的アセスメントの起源:19世紀フランスからの視点
心理的アセスメントというと、臨床心理学の専門用語のように聞こえますが、実はその起源を19世紀のフランスに求めることができます。当時、フランスの精神科医たちは、精神疾患の患者を観察し、その行動や発言を記録することで、治療に役立てようとしました。彼らは患者一人ひとりの状態を詳細に分析し、それぞれに最適な治療法を見つけることを目指したのです。この取り組みが、現在の心理的アセスメントの基礎となっています。
ここで重要なのは、彼らが患者を「個」として捉え、その背景や個性を理解しようとしたことです。現代の法律家も、依頼者を単なる「法律問題の解決対象」として見るのではなく、彼らの背景や感情を理解することが求められます。
例えば、ある依頼者が遺産相続について相談に来たとしましょう。彼の表面的な問題は「遺産の分配」ですが、その背後には家族との葛藤や過去の経験が影響していることが少なくありません。このような感情のもつれを理解しないまま法律的なアドバイスをしても、依頼者が心から納得することは難しいでしょう。
現代の心理的アセスメント:面接法と観察法の応用
現代の心理的アセスメントは、面接法、観察法、検査法の三つの技法を中心に発展してきました。法律家として特に役立つのは、面接法と観察法です。
面接法とは、依頼者との対話を通じて言語的・非言語的な情報を収集する技法です。これは法律相談における面談と同じで、依頼者がどのような経緯で現在の問題に至ったのか、その背景を慎重に聞き出すことが重要です。
例えば、インテーク面接(初回面接)では、心理職はクライアントの主訴や生育歴に関する情報を収集し、ラポール(信頼関係)を形成します。法律相談でも同様に、依頼者との信頼関係を築くことが何よりも大切です。特に初回の面談では、緊張感を和らげるためにリラックスした雰囲気を作り、依頼者の話に耳を傾けることが求められます。ここで重要なのは、ただ単に事実関係を尋問のように聞き出すのではなく、依頼者の感情や価値観にも配慮することです。
観察法では、依頼者の行動や表情、声のトーンなど、非言語的な情報を観察することが重要です。心理学では、これを「非言語的コミュニケーション」と呼びます。
例えば、依頼者が待合室でどのように座っていたか、電話でどのような態度を見せたかといった情報も、彼の心情を理解する手がかりになります。ある依頼者が、相談中に頻繁に時計を見たり、無意識に手をこすったりしていた場合、それは不安や焦りの表れかもしれません。こうした細かなサインを見逃さず、丁寧に対応することが、依頼者の安心感につながります。
法律家と心理的アセスメント:AI時代の対人スキル
ところで、私たちはこれからAI時代に突入しようとしています。孫正義氏は、20年以内に「人間の知能対AIの知能」が「人間の知能対金魚の知能」に匹敵する時代が来ると予言しています。
このような未来を考えると、法律相談や登記申請の場面でも、AIが主導する時代が来るかもしれません。しかし、依頼者が法律の専門家に求めているのは、単なる法的なアドバイスだけではありません。依頼者は、自分の話をじっくりと聞いてくれる「人対人」の関係を求めているのです。
ここで心理的アセスメントの重要性が浮かび上がります。AIにはできない、依頼者の感情や背景を理解し、寄り添うこと。それこそが、法律家にとっての「差別化ポイント」になるのです。依頼者の不安を解消し、心理的な充足を提供することが、法律家としての使命であり、冥利に尽きる瞬間でもあります。
法律家が気をつけるべきこと:診断や治療はしない
とはいえ、私たちは心理の専門家ではありません。診断や治療を行う権限はなく、またそれを依頼者に期待されているわけでもありません。
心理的アセスメントの知識を持ちつつも、あくまで依頼者の話に耳を傾け、法的な助言を行うことが私たちの役割です。心理職においては「多重関係の禁止」が厳しく制限されていることも忘れてはいけません。法律家としても、依頼者との関係を適切に保ちながら、心理的アプローチを取り入れる必要があります。
終わりに:心理的アセスメントで依頼者との信頼を築く
今回のエッセイでは、法律家にとっての「心理的アセスメント」の意義について考えてみました。依頼者の感情や背景を理解し、寄り添うことで、単なる法的な助言を超えた満足感を提供することができます。AI時代に突入しつつある今だからこそ、私たち法律家は「人間らしさ」を大切にし、依頼者との信頼関係を築くことが求められているのです。
司法書士の「二大雑誌」の1つ『月刊登記情報』(きんざい様)での管理人の連載「法律業務が楽になる心理学の基礎」(京都大学の心理学の先生にレビュー頂いておりました)をベースとしたエッセイ風の気楽な読み物です。エッセイでの設定は適当です。
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