法務の談話室 [1/13]丨ストレス心理学と法律家のジレンマ

ストレス心理学と法律家のジレンマ

「ストレスは悪だ」と世間ではよく言われますが、法律家にとってはそれも一概にそうとは言えないのです。むしろ、適度なストレスは、私たちを律し、クライアントの信頼を裏切らないための原動力にもなっています。といっても、これは決してストレス万歳というわけではありません。ストレスとうまく付き合うことができないと、どんなに優秀な法律家でも、いずれは燃え尽きてしまいます。そこで、今回は「ストレス心理学」という視点から、法律家の業務に役立つヒントを探ってみましょう。

歴史的背景と法律家のストレス

ストレスという言葉の起源は、実は物理学にあるのをご存知ですか?物体に外部から力が加わったときに生じる歪みを指す言葉で、ハンス・セリエというハンガリー系カナダ人の生理学者が1930年代に初めて医学的な用語として使いました。彼の論文によれば、ストレスは「汎適応症候群」という、警告反応から始まり、抵抗、疲弊という三段階で進行するとされています。まるで、私たち法律家が直面する案件のように。

例えば、クライアントから「急いで解決してください!」と迫られたとき、まずは警告反応として「どうしよう」と焦ります。次に抵抗の段階で、あらゆる手段を駆使して問題解決に取り組むわけですが、ここで気力が尽きると、疲弊の段階に突入してしまう。疲弊してしまうともう、解決策どころではなく、精神的にも肉体的にも「もう無理!」という状態になります。こう考えると、法律家にとってストレスの適切な管理は、まさに死活問題なのです。

ストレスの二大モデル:甲説と乙説

ストレスの理解には二つの有力なモデル、いわば「甲説」と「乙説」があります。まずは、セリエの提唱した「生理学的ストレスモデル」(甲説)。これは、ストレスが生体に与える影響を身体の生理的変化と環境に着目して説明するものです。法律家が長時間の交渉や、裁判での激しい攻防戦にさらされると、体がガチガチにこわばり、免疫力が低下するというのは、このモデルで説明できます。まさに、「体にきてる」というやつです。

一方で、ラザラスが提唱した「心理学的ストレスモデル」(乙説)は、個人が環境をどう受け取り、それにどう対処するかに着目します。つまり、同じ厳しい交渉でも、ある人にとっては「チャンスだ!」と感じ、やる気がみなぎるかもしれませんし、別の人にとっては「プレッシャーが強すぎる」と感じ、すっかり意気消沈してしまう。個々の法律家が抱えるストレスの感じ方や対処法が、千差万別であることをこのモデルは教えてくれます。

日常業務における応用

では、これらの知識を私たちの業務にどう応用するか。例えば、相続の登記業務を引き受けたとき、クライアントから「なんで何度も電話してるのに出ないんですか!司法書士会に訴えますよ!」と怒りのメールが届いたとしましょう。このとき、瞬間的に「やばい、どうしよう」と焦るのは自然な反応です(甲説の「警告反応」ですね)。でも、ちょっと待ってください。ここで「無理だ!」と感じるのか、それとも「誤解だろうから、事情を確認してみよう」と冷静に対応できるか(乙説の「二次的評価」)、これでその後の展開が大きく変わります。

事務所の電話が故障していたことを確認し、クライアントに真摯に謝罪し、迅速に対応することができれば、問題は収束しますし、逆に放置すれば「疲弊」段階へまっしぐらです。状況に応じた柔軟な対応が求められるのは、こういった場面です。

法律家のストレスと向き合う

法律家にとって、ストレスは常に付きまとう問題です。しかし、その捉え方や対処法によって、ストレスを乗り越え、成長の糧にすることもできる。私たちに必要なのは、「ストレスを避ける」ことではなく、「ストレスと上手に付き合う」術を身につけることです。

ストレス心理学の知識を活かし、自分自身のストレスの原因を理解し、それに対して適切に対処すること。これが、日々の業務を少しでも楽にする鍵になるのではないでしょうか。

司法書士の「二大雑誌」の1つ『月刊登記情報』(きんざい様)での管理人の連載「法律業務が楽になる心理学の基礎」(京都大学の心理学の先生にレビュー頂いておりました)をベースとしたエッセイ風の気楽な読み物です。エッセイでの設定は適当です。

[関連記事]

***

ご相談・講演のご依頼などはこちらからご連絡を賜れますと幸いです。


(了)

※記事に関しては個人の見解であり、所属する組織・団体の見解でありません。なお、誤植、ご意見やご質問などがございましたらお知らせいただければ幸甚です(メールフォーム)。

渡部推薦の本丨足りない、は補えばいい