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今週の注目記事丨ボイスキャリアのサービスについて
就活面接の録音投稿サイトが波紋 企業は困惑「採用業務を妨害」
掲載紙:日本経済新聞 | 掲載日:2025年7月10日
記事によれば、Edu Studio (東京・港)が2023年に開設した就活録音共有サイト「ボイスキャリア」へは商社・コンサルなど約200社の面接・社員訪問音声1,000件超が投稿され、学生にはギフト券が支払われています。5月下旬のSNS炎上後も登録者は数千人増。企業側は採用妨害・プライバシー侵害として録音禁止契約や秘密保持義務違反を根拠に配信差止めを検討し、法務部が弁護士へ相談中です。一方運営は音声加工で機密漏洩リスクは極めて低いと主張し、27年卒学生への一次情報提供を継続する構えです。
組織内弁護士の視点
サービスを提供されているEdu Studio(顧問:フォーサイト総合法律事務所)
株式会社 Edu Studio 様の情報は下記のとおりです。こ、顧問法律事務所がいるんですね⋯仮に法的助言をしていれば、本件への法的助言・リーガルリスクマネジメントの中身が、職業上、気になってしまうところです。 |
会社名 | 株式会社 Edu Studio |
本社 | 東京都港区白金台3-18-8 |
事業内容 | 新卒Webメディアボイスキャリアの運営、法人新卒支援(集客/コンサル/代行等)、法人ITコンサル(BPR、戦略策定) |
法律顧問 | フォーサイト総合法律事務所 |
届出 | 特定募集情報等提供事業者 51-募-001515 |
元気一杯の無防備スタートアップではなく、顧問法律事務所「有」の模様
原氏は、企業などからの厳しい意見は当初から織り込み、「サービス開始前に、個人情報保護法違反や機密情報の漏洩、名誉毀損につながらないかといった法的な論点を総合的に検討した」と説明する。音声の掲載基準を定め、参加者が特定されたり第三者の権利が侵害されたりしないように、原氏自身が音声のカット、加工を施しており、「これまでの確認では機密情報漏洩などの発生リスクは極めて低かった」と主張する。
前掲の記事: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOTG116JO0R10C25A6000000
フォーサイト総合法律事務所 様の情報は下記のとおりです。所属されている先生の一覧はこちらです。どなたが担当されているかまではわかりませんでした。
代表パートナー弁護士 | 大村 健(おおむら たけし) 先生 |
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所在地 | 〒100-0011 東京都千代田区内幸町1丁目2番2号 日比谷ダイビル15階 |
関連テーマ(組織内弁護士の秘密録音)
無断録音データを提供した学生はどうしたらよい?(一般論・追記)
背景となる最新報道
このようなケースでは学生の内輪で「きっと大丈夫だよね」と思いがちなため、冒頭に、企業の法務部門や組織内弁護士の立場(個人の見解)から率直な所感を申し上げますと、こうした行為は企業社会における常識から残念ながら逸脱しており、なぜそのような行動が許容されると考えたのか、強い疑問を抱かざるを得ません(百歩譲って録音を「自分のみ」で利用して、自分がうまく答えられた、自分がうまく答えられなかった点を振り返り、次の面接に生かすための準備に使うと言うのであれば、まだ理解できるかもしれません)。
このような無断録音データを売却した学生が確認された場合には、弁護士とも連携の上、企業として厳正に対処することが想定されます。仮に、自社の採用面接を無断で録音し、その音声データを販売していた人物が、何事もなかったかのように入社していたことが判明した場合には、人事部門との緊密な連携のもと、事実確認のための聞き取り調査を実施し、必要に応じて上長への報告を含む対応が取られることは当然のことと考えられます。
採用過程の契約と秘密保持の位置づけ
私が知りうる限り、多くの企業はエントリーフォームのチェックボックスやPDF形式の誓約書を通じて、応募者に対し選考情報を第三者へ開示しない旨の同意を取得しています。実務上は「面接版NDA」に近い性質を持ち、応募者が内容を詳読しなかった場合でも、民法上は契約が成立しうると理解されています。もっとも、条項の明確性や秘密情報の管理の実態など、個別事情によって結論が変わり得る点には注意が必要です。
無断録音に関する法的リスク
無断録音そのものは直ちに違法と評価されない場合があるものの、録音を第三者へ提供・公開する段階になると、プライバシー侵害、名誉毀損、業務妨害など民法709条の不法行為責任が問題となる可能性があります。東京高裁昭和52年7月15日判決は「著しく反社会的な手段で人格権を侵害した場合には録音自体が違法」と示しつつ、当該事案では証拠能力を否定しませんでした。したがって、契約責任(民法415条)と不法行為責任が併存しうる点を念頭に置くべきでしょう。
個人情報保護法・営業秘密との関係
2022年改正個人情報保護法では声紋が「個人識別符号」に位置づけられました。本人同意なく第三者へ提供する場合、法的規制の対象となり得ます。
企業側の対応と学生への影響
企業が学生個人を裁判所に提訴するか否かは、法的な是非のみならず、費用対効果や風評リスク(reputational risk)なども踏まえた、総合的な経営判断に委ねられるものです。
仮に、法律に詳しい学生の方が書かれたブログ等を見て、「裁判にはならないだろうから大丈夫」と安心しようとしている方がいらっしゃるとすれば、少し立ち止まって考えていただきたいと思います。問題の本質は「提訴されるかどうか」そのものではありません。
実務上は、訴訟に至らない場合であっても、採用選考の過程での行為に対して、企業が社内措置として何らかの対応を検討する可能性がある点は、見過ごすことができません。たとえば、人事評価への反映、内定の見直し、選考辞退の打診といった対応が現実的な選択肢として考慮される場合があります。
内定取消の有効性については、判例上、「客観的合理性」と「社会的相当性」を基準として個別に判断されることになりますが、面接内容等の情報が無断で外部に提供された場合、それが組織内において重大な信頼失墜行為として受け止められる可能性がある点は、十分に想定されるべきです。
企業としては、学生の方に対して損害賠償請求をして金銭的な回収を図ること自体を目的としているわけではありません。むしろ、面接情報の無断提供など不適切な行為を行ったにもかかわらず、何事もなかったかのように入社してくる方を、将来にわたって共に働く仲間として受け入れることができるのか、という点に対する組織防衛の観点が重視されるのは、ごく自然なことと考えられます。
学生が取り得る現実的な対応策
既にデータを外部提供してしまった場合、以下のような手当てが考えられます(いずれも免責を保証するものではありません、過去の債務不履行責任・不法行為責任は漏洩の時点で成立しているからです=覆水盆に返らず)。
- 運営会社に対し削除を正式に請求し、その記録(メール等)を保全する。
- 受領したギフト券や謝礼を自主返還し、経緯説明と再発防止の誓約を添える。その記録(メール等)を保全する。
- 企業から個別照会があった際は、法的責任を否定し切る姿勢ではなく、配慮を欠いた行為だった旨を認めたうえで、頭を下げて、未熟さを認め、誠実に対応する。その際、上記①②などが示すことができれば、宥恕される可能性もあるかもしれない。
これらの措置は悪質性を軽減させる方向に作用し得ると考えられますが、最終的評価は各社の判断に委ねられます。
難問:会社の人事へ自首したほうが良いのか?
個人的な意見として恐縮ですが、こうした件に関し、あえて自ら人事部門に対して積極的に申し出る必要まではないと考えています。ただし、もし何らかのギフト券や謝礼等を受け取ってしまっていた場合には、少なくともその事実を記録として残し、可能であれば返還の意思を示した上で、当該データの削除を求める対応を取ることが望ましいのではないかと感じています。
特に、日本経済新聞による当該報道が出た時点で、そうした対応を迅速に取ることができていたかどうかは、社会的な信頼の観点からも非常に重要な要素だと思います。
もちろん、人は誰しも過ちを犯すことがあります。私自身も弁護士として業務の中でミスをしたことがあり、その都度ご迷惑をおかけした方に真摯に謝罪し、反省し、次に同じことを繰り返さないよう努めてまいりました。重要なのは、ミスをしたかどうかではなく、その後どのような行動を取るかだと考えております。
とりわけ、いま社会全体がこの「採用面接における無断録音データの取り扱い」というテーマに注目しているタイミングだからこそ、ご自身の中で「これは正しい行動だ」と思えることを、少しだけ勇気を出して実践されるのが良いのではないかと感じています。
誤解のないよう申し添えますが、「自首しなさい」と申し上げたいのではありませんし、「やましいことがあったなら内定を辞退すべきだ」と言うつもりも全くございません。ただ、シンプルで実践的な対応として、受け取った謝礼等がある場合には返還し、データの削除を依頼し、それらのやりとりを記録に残しておく。万が一、後日何らかの問い合わせを受けた際には、率直に陳謝の意を表し、そのような対応を既に行っていたことを静かに示す。そのような姿勢こそが、誠実さとして伝わるのではないかと考えております。
もちろん、こうした考え方にも様々な立場や価値観があるとは存じますが、一人の法務担当者として、あくまでも個人的な所感をお伝えさせていただきました。先輩・同期もやっていた、サービス提供会社に騙された、宣伝文句・口車に乗ってしまった⋯他責は簡単ですが、自分が謝礼を自主返納したといったことも友人にも語る必要はありません、黙々と淡々と、巻き戻せる部分について巻き戻しをはじめることが良いのではないかと思う次第です。
まとめと留意事項
本稿は、公開情報および一般的な法的解説に基づく整理であり、個別事案の結論を決定づけるものではありません。録音データの内容、秘密情報としての管理実態、応募時の同意文言などによって結論は変動し得ます。具体的な対応を検討する際は、弁護士等の専門家に詳細を示し、個別助言を受けることをお勧めします。
最後に(法務・人事の世界で見聞きする)嘘のような本当の話
「ばれなければ問題ない」とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。ですが、ボイスキャリア等のサービスに面接データを提供し、謝礼を受け取ったという事実を、誰にも話したことは本当にないでしょうか。ご自身では注意していたつもりでも、つい同期や後輩に話してしまったことはありませんか。
今回、日本経済新聞が報じたことで、企業の人事・法務部門において、当該サービスに関する認識が一気に広まりました。このような状況で、情報がどこから漏れるかを想像してみてください。
人は感情の生き物です。仮に、無断録音を行い、そのデータを提供して謝礼を受け取った方が、志望していた企業に実際に入社したとします(Aさん)。そして、その方の友人(Bさん)、あるいは親しい同期(Cさん)が、同じ企業の最終面接で不合格となったとしたらどうでしょうか。わずかな嫉妬心や複雑な感情がきっかけとなり、「匿名」で人事部に通報がなされる、といった事態が現実に起こりうるのです。
さらに、仮にサービス提供会社が情報を保持していたとしても、弁護士法に基づく弁護士会照会など、法的手続きを通じて個人を特定することも理論上は可能です。加えて、過去にブログやSNSで該当行為を示唆するような投稿をしていた場合、それがスクリーンショットとして残され、第三者から通報される可能性も否定できません。つまり、どんなに気をつけていたつもりでも、「意外なところから情報が漏れる」というリスクは常に存在しています。今一度、自分自身の過去の行動について冷静に振り返り、必要があれば、早めに適切な対応を取ることが大切です。
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(了)
※記事に関しては個人の見解であり、所属する組織・団体の見解でありません。なお、誤植、ご意見やご質問などがございましたらお知らせいただければ幸甚です(メールフォーム)。
日本経済新聞の月曜版「税・法務」は、多くの法務部門や弁護士の方がご覧になっていると思います。今週の注目記事を取り上げながら、皆さまのご意見も伺えれば幸いです。学びの途中ではありますが、情報交換の場として活用いただければと思います。本日は、多角的な取材に基づき、新しい視点・話題を提供してくださるため、ファンも多いと聞いている 児玉小百合 記者の記事です。