【東大は保留😮】大学10兆円ファンド「次の不祥事で⋯そこで試合終了ですよ🏀」―企業内弁護士が読み解くガバナンスの難しさ

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???「次の不祥事で……そこで試合終了ですよ」🏀

ほっほっほ……。 聞こえてきませんか?あの名将の言葉が。

「諦めたらそこで試合終了ですよ」

あまりにも有名なこの言葉ですが、今、日本の最高学府である東京大学に対して、国からこれとは真逆の、しかし極めて厳しい「別の言葉」が突きつけられているように感じてなりません。

「次の不祥事で……そこで試合終了ですよ」

本日公表された国際卓越研究大学の認定に関するニュースについて、一人の企業内弁護士として感じたことを、少しだけお話しさせてください。

あくまで私個人の視点ではありますが、組織における「ガバナンス」や「不祥事対応」の難しさについて、皆さんと一緒に考えるきっかけになれば幸いです。

国際卓越研究大学と東京大学丨突きつけられた「最後通告」:10兆円ファンドへの切符

まずは、背景となるニュースを振り返りましょう。 10兆円規模の大学ファンドから支援を受けられる「国際卓越研究大学」。これは大学にとって、世界レベルの設備と環境を整えるための、いわば「スーパー甲子園(またはインターハイ)」への出場権のようなものです。

東京大学はこの認定を目指して改革案を提出していましたが、有識者会議から下された判断は、「条件付きの継続審査」でした。その条件の中に、実務家としてやや背筋が凍るような一文が含まれていたのです。

継続審査中に、法人としてのガバナンスに関わる新たな不祥事が生じたと判断された場合、審査を打ち切る。 [出典:国際卓越研究大学の認定等に関する有識者会議における審査の状況について]

つまり、最長1年間の審査期間中に、「チーム内で一つでも不祥事が起きたと判断されたら、即座に出場資格を剥奪する」という宣告です。

この文言を読んだとき、企業法務に携わる私の胃がキュッと重くなったのには、大きく2つの理由があります。

国際卓越研究大学と東京大学丨理由1:不祥事の「氷山の一角」性と、証明できない「潔白」

バスケットボール部に例えてみましょう🏀

全国大会を目前に控えた名門チームで、たった一人の部員の喫煙や万引きが発覚したとします。このとき、連帯責任でチーム全体が出場辞退に追い込まれるケースは、残念ながら珍しくありません。

ここで私たち実務家が思い浮かべるのは、「ハインリッヒの法則」です。 「1件の重大事故の背後には、29件の軽微な事故と、300件のヒヤリハットが存在する」という経験則ですが、これは組織のコンプライアンス事案にも当てはまります。

「水面下」を誰が保証できるのか

表面化した1つの不祥事は、水面下で既に類似の、あるいは別の事象が構造的に発生している可能性を示唆しているかもしれません。 巨大な組織において、「現時点(As of Today)で、水面下を含めて不祥事は皆無である」と断言し、証明することは、神ならぬ身の人間には不可能です。

しかし、今回の条件は、あたかも契約における「表明保証」のように、その完全な潔白を求めている状況にあります。

校長はもちろんバスケットボール部の「監督」「保護者/OBOG」「キャプテン」の立場になれば、「もし万が一、部室の裏や見えないところで何かが起きていたとしても、頼むからこの1年間だけは表面化しないでくれ」と、ただ祈るしかない。 そのような極めて脆弱な立場に置かれているのが、今の現状ではないかと推察します。

国際卓越研究大学と東京大学丨理由2:曖昧なゴールと、組織にかかる「無言の圧力」

胃が痛くなる2つ目の理由は、法的な予見可能性の欠如と、それがチームにもたらす副作用です。

「不祥事」の定義が広すぎる

今回の条件にある「不祥事」という言葉は、あまりに広範かつ曖昧です(ガバナンス⋯という縛りがあるように見えますが、ガバナンスに関係がない組織構成員の不祥事のほうがイメージできません)。 これが「刑事事件」や「横領」などに限定されていれば、まだ対策の打ちようがあります。しかし、文脈次第ではハラスメントや研究上のルール違反、あるいは行政上の手続きミスまで広く解釈されてしまうリスクがあります。 せめて「刑事事件に準じる重大な背任行為」といった限定があれば、現場の緊張感も少しは適切なものになったかもしれません。

「リニエンシー(免責)」がない恐怖

さらに悩ましいのは、この文言が「自ら名乗り出た場合の免責」を認めていないように読める点です。 コンプライアンスの要諦は「早期発見・自浄作用」にあります。

しかし、この「文言」の下ではどうなるでしょうか。

もし、ある部員がチームメイトの違反行為を見つけたとします。 「これを監督に報告した瞬間、チームの全国大会出場(10兆円の支援)が消滅する」 そう考えたとき、その発見者は「歴史的な戦犯」としての十字架を背負う恐怖に駆られるのではないでしょうか。

その結果、組織の隅々にまで「この1年だけは波風を立てるな」という強烈な無言の圧力がかかります。本来なら報告され、小さなうちに摘み取られるべき問題の芽が握りつぶされ、かえって隠蔽体質を助長してしまう……。 皮肉なことに、「ガバナンス(統治)」を強化するための条件が、かえって健全なガバナンスを阻害してしまう恐れがあるのです。

国際卓越研究大学と東京大学丨「強いチーム」とは、ミスをしないチームではない

もちろん、不祥事を起こさないことがベストであることは論を俟ちません。 しかし、企業のガバナンスの観点から言えば、以下のような設計の方が、より建設的だったのではないかと個人的には感じています。

  • × 不祥事が発生したら、即座に審査打ち切り(試合終了)
  • 〇 不祥事が発覚した際に、「自律的に、かつ妥当な形で解決されなかった場合」に限り、審査を打ち切る

「自律と責任」を求めながら、実質的には「無謬(むびゅう:間違いがないこと)」を強いている現状は、現場の萎縮を招くだけではないかと危惧してやみません。

本当に強いバスケットボールチームとは、一度もミスをしないチームではなく、ミスが起きたときに、全員でそれを正し、立て直す力を持っているチームのはずです。

この厳しい「延長戦」の1年間に、この文言が与える影響を、誤解があれば恐縮ですが、もう少し考える余地があったのではないかと考えております。

※本記事は個人の見解であり、所属する組織の公式な見解ではありません。

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(了)

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