新年のご挨拶と大切なお知らせ(こちら)

法務の談話室 [10/13]丨企業不祥事は続くよいつまでも

組織文化と企業不祥事:法律家が知っておくべき「見えない力」

2024年、企業が次々と不祥事を起こし、世間の注目を集めました。報道のたびに、多くの方が「またか」とため息をつきながらも、その背後にある「組織文化」について考えずにはいられません。

第三者委員会の調査報告書を読むと、「ものが言えない企業風土」や「減点主義の組織文化」が問題点として挙げられているのをよく目にします。これは法律家として、私たちが日々直面している組織内の微妙な力関係と同じものなのです。

組織文化の三つのレベル:エドガー・シャインのモデル

心理学者エドガー・シャインは、組織文化を「①人工物(artifact)」「②価値(value)」「③基本的仮定(basic assumption)」の三つのレベルに分けました。これを理解することで、企業不祥事の背後にある「見えない力」を解明する手助けになります。

まず、①人工物のレベルには、オフィスのレイアウトや服装、言葉遣いといった、目に見えるものが含まれます。これらは表面的に観察できるもので、例えばある大手企業のオフィスに行くと、どの部署も同じような無機質なデザインで整えられ、まるで「管理された社会」のように見えることがあります。これは、組織全体が個々の創造性や自由を犠牲にして、効率や規律を重視しているというメッセージを暗に伝えているのです。

次に、②価値のレベルは、組織内での賛否や議論の対象となる要素です。例えば、ある司法書士事務所では「経営効率」を重視するあまり、若手の意見や新しい提案が常に後回しにされるという傾向があるかもしれません。このような組織では、リスクを恐れるあまり、積極的な意見が抑制され、結果的に「言わない方が無難だ」という風土が形成されてしまうのです。

最後に、③基本的仮定のレベルです。これは、組織の中で「暗黙の了解」として共有され、普段は意識されることのない根本的な信念や価値観です。例えば、「上司の意見に反対することは許されない」という信念が、組織全体に深く根付いているとしましょう。このような基本的仮定は、組織の過去の成功体験や、繰り返し起きた出来事から形成され、容易には変わりません。これが、企業不祥事の「見えない要因」として機能するのです。

企業不祥事の実例:内向きな企業風土と不透明な意思決定

日本のメーカーでは、製造装置に対する品質試験を一部実施していないことが発覚しました。この問題の背景には「拠点単位の内向きな企業風土」がありました。つまり、各部門が独立して動き、全体の視点からのチェックが行われていなかったのです。結果として、製品の品質管理が徹底されず、最終的には不祥事として表面化してしまったのです。

また、大手銀行で起きたシステム障害のケースでは、ATMで顧客の通帳やキャッシュカードが取り込まれ、返却されないというトラブルが発生しました。ここでも、調査報告書は「企業風土の問題」に言及しています。担当者たちは、自分の役割を超えて他の部門に対して意見を言うことをためらい、最終的には問題が放置されてしまいました。このような「ものが言えない風土」が、システム障害という重大な問題を引き起こしたのです。

組織文化の改善に向けて:司法書士事務所の改革

ここで、弁護士Aが働く法律事務所や司法書士事務所の話に戻りましょう。弁護士Aは、事務所内の風通しの悪さに気付き、組織文化の改革を決意しました。まず、オフィスのレイアウトを見直し、個室をなくして開放的な空間を作り、コミュニケーションを活性化させました。また、「◯◯先生」という呼び方を「◯◯さん」に変更し、上下関係を和らげる試みを行いました。

次に、弁護士Aは、事務所の価値観を明文化し、メンバー全員が共有できるようにしました。例えば、「クライアントの利益を第一に考える」という価値観を掲げ、経営層から若手まで全員が同じ視点で仕事に取り組む姿勢を打ち出しました。これにより、経営会議でも若手が意見を言いやすくなり、事務所全体の雰囲気が改善されました。

最後に、基本的仮定に挑戦するため、弁護士Aは、過去の成功体験にとらわれないよう「変化を受け入れる」文化を育むことに努めました。具体的には、新しい法律制度やテクノロジーの導入に対して、全員で意見交換を行い、柔軟な姿勢で対応するよう促しました。こうして、組織文化の刷新を図った結果、事務所全体がより活気づき、新しい挑戦にも積極的に取り組むようになったのです。

組織文化を変えるために:日々の実践から

組織文化は、一朝一夕に変わるものではありません。企業不祥事を未然に防ぐためには、日常的な努力と改善が求められます。法律家として、私たちができることは、まず自分の行動を振り返り、どのような文化を育みたいかを考えることです。自分の発言や行動が、組織全体にどのような影響を与えるかを意識し、建設的なコミュニケーションを心がけましょう。

組織文化は、組織を健全に保つための「見えない力」です。これを理解し、改善することが、法律家としての私たちの新たな使命と言えるのではないでしょうか。つめ直してみてはいかがでしょうか。小さな気づきが、大きな変革の第一歩になるかもしれません。

司法書士の「二大雑誌」の1つ『月刊登記情報』(きんざい様)での管理人の連載「法律業務が楽になる心理学の基礎」(京都大学の心理学の先生にレビュー頂いておりました)をベースとしたエッセイ風の気楽な読み物です。エッセイでの設定は適当です。

[関連記事]

***

ご相談・講演のご依頼などはこちらからご連絡を賜れますと幸いです。


(了)

※記事に関しては個人の見解であり、所属する組織・団体の見解でありません。なお、誤植、ご意見やご質問などがございましたらお知らせいただければ幸甚です(メールフォーム)。

渡部推薦の本丨足りない、は補えばいい