イノベーションを妨げる法律家
次回第2回の「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会 法務機能強化 実装ワーキンググループ」に向けて、業務の合間をぬって、「Buseinss Creationのための法務が何をするか」をまとめています。
ロースクール入試やローファームへの就職活動のように、弁護士になってからのイベントなどを手帳や日記をみて書き出して、整理をしていました。
Googleの会長エリック・シュミット氏が、『How Google Works』において、インターネットの世紀の弁護士像を見事に表現しています。『法律問題に対して過去を振り返りながらリスク回避を最優先に取り組むという姿勢は、インターネットの世紀には通用しない。企業の進化が法律の変化を遥かに上回るスピードで進むからだ。スマート・クリエイティブ主導でイノベーションを起こそうとする企業の場合、正解率が50%なら儲けものだが、リスクの許容度が数%である弁護士にとってそれは大問題だ。』
今でこそ、私も約4年間ベンチャーの懐刀として、とんでもない事業スピードと多種多様な事業の「誕生から死」を自らの五感で体験したことから、上記のシュミット氏の指摘にうなずくことができます。正直なところ、私も、法律事務所で学んだことをそのまま持ち込もうとした当初、イノベーションを妨げる側の法律家(リスク回避を最優先に取り組むという姿勢)そのものでした。
渡部友一郎「わたしの仕事、法つながり : ひろがる法律専門家の仕事編(第7回)イノベーションを支える弁護士 : ベンチャーの懐刀となる組織内弁護士」法学セミナー60号6−7頁
私が法務として潰しかけた「Business Cration」
ある日本初のイノベーティブな新規事業では、徹底的にリサーチをしましたが、文献の裏付けがないため、事業部に対して、許容できないリスクですとNGを出す寸前でした。
しかし、事業部の熱意もあいまって、行政含む様々な社外関係者と更に議論したところ、思いもよらぬところから答えが出たのです。当該事業はたった1人のリスク回避志向の弁護士によって妨げられ、他の事業者によって産み落とされる日まで眠っていたことでしょう。
渡部友一郎「わたしの仕事、法つながり : ひろがる法律専門家の仕事編(第7回)イノベーションを支える弁護士 : ベンチャーの懐刀となる組織内弁護士」法学セミナー60号6−7頁
そして、2019年2月28日の私の誕生日、1つの出来事がありました。
Business Creationが100億円の価値に
DeNAが、損保ジャパン様とAnycaとよばれるカーシェアリングサービスの合弁会社設立を記者発表したのです。実は他ならぬこのAnycaこそが上記の2015年11月に掲載された法学セミナーで書かれた新規事業でした。5年ほど前、小さな小さなメンバーで生み出された新規事業の「芽」が、その後の事業部や内外の関係者の努力やユーザー様の支持により、大きく花開いたのです。
事業部のリーダーと法務部の上司がわざわざ私に上記を知らせてくれ、当時の労をねぎらってくれたとき、本当に目頭が熱くなりました。
この私が一時潰しかけた、しかし、その後事業部と協同して四苦八苦して「Creation」された事業はおいくらなのでしょうか?
少なくとも100億円です。
もしも、私が当時、謙虚さをまったくもたず、「リスク!リスク!」とリスクの見極めをあやまり、法務助言を間違えたのであれば、このBusiness Creationは0円、0円、、、この事業は葬られていたのです。
あのとき「絶対に取れないリスクだ」と私が言っていたら…
一言「これは法務としては絶対に会社が取れないリスクだと思います」
そうもしも言っていたら…私は法務担当者として責められなかったでしょう。なぜなら葬られた事業そのものがいくらの価値になったかなど誰もわからないからです。だからこそ、法務の「NO」は、5年後の1億円、25億、50億、100億もしかしたら2000億円にもなるような事業を奪い去る宣告にも等しいと思っています。
仮に1億円でなくても100万円だって相当な価値です。
法務が抽象的なリスク、空理空論、起こりもしないような万が一を唱え続け、ろくにRisk Mitigation(リスクの発生軽減策)も考え抜かず「NO」といっても、その法務部員は、得べかりし利益・機会損失で後日責任を負うことはおそらくありません。
なぜなら、法務がNOといってダメにしたものが未来にいくらだったかは誰も算定できないからです。
企業の進化が法律の変化を遥かに上回る現代において、「絶対」がないからこそ、私は弁護士として悩みつづけるでしょう。
同上
別にNOと言っていてもいいと思うのです。
ただ、Google EarthやGoogle Mapで縮尺を日本地図から世界地図に置き直して、地球儀をご想像ください。
- 米国で事業部USが出した新規事業アイデアに法務部USはRisk MitigationをしてGo Signを出した。
- ところが、日本で事業部JPが出した全く同じ新規事業アイデアに法務部JPはNOを突きつけた。
その時、Business Creationとして両国の経済に差が生じるのは歴然です。問題はそこだと思っています。
法務のNOにより葬られた新規事業やリスク(その裏にあった得られるリターン)は、誰(2番手)かが今この瞬間に持ち去っていると思えば、いかの私達法務(外部の法律事務所含む。)のNOが重いか…この「Anycaの事例」からご理解いただけるのではないかと思っています。
法務のNOは三度ためらう
私は自戒と反省をこめて、この私の「失敗と学び」をずっと同期や後輩の皆さまに紹介し続けたいと思います。ご参考になれば幸いです。
また、[PDFをダウンロードして読む]から本文に掲載された法学セミナーの学生読者むけの記事を読むことができます。法務も業種によって千差万別であり、私は億千あるうちのたった1つの事例にすぎません。ただ、それでも、法務のNOに潜むリスクについて、なにか世の中に喚起できたらと願っております。
ご参考資料
- Anyca (エニカ) “乗ってみたい”に出会えるカーシェアリングアプリ
- 国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書
- 渡部友一郎「わたしの仕事、法つながり : ひろがる法律専門家の仕事編(第7回)イノベーションを支える弁護士 : ベンチャーの懐刀となる組織内弁護士」法学セミナー60号6−7頁(CiNii論文情報)[PDFをダウンロードして読む]
(了)
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