犯罪の心理学と社会の因果関係:法律家の視点から
法律家として日々の業務に携わっていると、非行や犯罪にまつわる相談に直面することがあります。私たちは「犯罪」と聞くと、自分とは縁遠いものだと感じがちですが、実際には私たちの生活の中で、あるいは依頼者の身近なところで、知らず知らずのうちに関わってしまうことも少なくありません。今回は、法律家として避けて通れない「非行・犯罪の社会的原因」について、犯罪心理学の視点から考えてみましょう。
法律家と犯罪の関わり:私の司法修習時代の体験
司法修習生時代、検察修習をしていたときのことを思い出します。修習では検察官の指導のもと、警察官とともに捜査を進め、取調べなども行います。当時、教科書で学んだ刑法や刑事訴訟法の知識はあったものの、実際の事件現場で「犯罪」が生まれる現実には圧倒されるばかりでした。
ある司法修習生Aが語ったところによれば、取調べの際、目の前に座る被疑者の姿は、単なる「犯罪者」として片付けられるものではなく、ひとりの「人間」として対峙する必要があったそうです。しかし、その背後にある複雑な社会的要因について、理解することは至難の技です。
当時は、司法修習生Aは、なぜ人が犯罪に手を染めるのかという疑問を持ちながらも、それを解明する方法がわからず、ただ教科書通りの知識を振りかざすしかありませんでした。後になって犯罪心理学の知見に触れることで、司法修習生Aは、社会的要因や心理的要因が犯罪行為の背後にあることを理解するようになり、少しずつ「犯罪」というものの見方が変わっていったそうです。
非行・犯罪の社会的原因論の理論:フランスと日本の比較
犯罪心理学の歴史を振り返ると、19世紀後半から多くの研究が行われてきました。特にイタリアのチェーザレ・ロンブローゾは、犯罪者の生物学的特徴に注目し、彼らを「生まれつきの犯罪者」とみなしました。しかし、現代ではその考えは否定され、むしろフランスのガブリエル・タルドが提唱した、犯罪行為が社会環境や家族背景に影響されるという理論が注目されています。
タルドは、犯罪行為が「社会的に学習されるもの」であり、犯罪者を生み出すのは社会そのものだと考えました。彼は、犯罪を犯す人々がどのような環境で育ち、どのような人間関係の中でその行為を学んできたかに注目したのです。これはまさに、現代の日本社会における非行少年の問題にも通じる視点です。家庭環境や友人関係、学校や地域社会の中で形成される価値観や行動規範が、彼らを犯罪行為に駆り立てることがあるのです。
法律家としての実践:社会的要因を理解する
では、私たち法律家がこのような社会的要因を理解することで、どのように業務に役立てることができるのでしょうか。例えば、弁護士Bは、遺産相続の案件で、依頼者から「孫が非行に走っていて、遺産をどう分配すべきか悩んでいる」と相談されたとします。このような場合、非行の背景には、家族関係や教育環境など、様々な要因が絡んでいる可能性があります。その原因を突き止めることは、弁護士Bの役目ではないかもしれませんが、依頼者に寄り添い、非行少年の状況を理解しようとする姿勢は重要です。
例えば、「分化的接触理論」では、非行行動は周囲の影響によって学習されるとされています。法律家としては、依頼者の孫がどのような環境で育ち、どのような友人関係の中で行動を学んできたのか、慎重に聞き取ることが求められます。こうした理解が、依頼者との信頼関係を築く一助となり、最終的には弁護士Bの遺産相続の問題解決にもつながるかもしれません。
歴史的背景と現代の視点
犯罪心理学の歴史を紐解くと、アメリカではFBIの行動科学課が、犯罪者の心理をプロファイリングする技術を発展させてきました。この手法は、シリアルキラーなどの重大犯罪者を対象としていますが、日常の法律業務にも応用できる部分があります。例えば、相手方の代理人がなぜそのような主張をしているのか、どのような背景を持っているのかを考えることで、交渉の糸口が見えてくることがあります。
日本でも、1960年代から1970年代にかけて、非行少年の処遇改善のために様々な政策が行われました。これらの取り組みは、「ラベリング理論」に基づいて、社会から「犯罪者」というラベルを貼られることを防ぎ、コミュニティの中で支援を行うことを目的としていました。私たち法律家も、犯罪者を単に「違法行為者」として見るのではなく、彼らがどのような環境で育ち、どのような社会的影響を受けてきたのかを理解し、支援する視点が求められるでしょう。
法律家の社会的責任と犯罪心理学の知識
犯罪心理学の知識は、法律業務に直接的に役立つだけでなく、社会的な視点を持って依頼者や関係者と向き合うための基盤を提供してくれます。私たちが依頼者やコミュニティの中で非行・犯罪に関する相談を受ける際、単なる法的アドバイスに留まらず、社会的要因を理解し、共感しながら対応することが重要です。
このような視点を持つことで、法律家としての業務がより深みを増し、依頼者や社会に対してより良い貢献ができるのではないでしょうか。今後も犯罪心理学の知見を活かしながら、日々の業務に取り組んでいきたいものです。
司法書士の「二大雑誌」の1つ『月刊登記情報』(きんざい様)での管理人の連載「法律業務が楽になる心理学の基礎」(京都大学の心理学の先生にレビュー頂いておりました)をベースとしたエッセイ風の気楽な読み物です。エッセイでの設定は適当です。
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