
野島嘉之氏(三菱商事 常務執行役員)の言葉丨目次
野島嘉之氏(三菱商事 常務執行役員)―メモしたい法務の言葉とは?
野島嘉之氏(三菱商事 常務執行役員)の言葉
NBL1300号の座談会は必見です。4回にわたって貴重な言葉・インサイトの一部をご紹介させてください。
野島嘉之氏(三菱商事 常務執行役員)「(20代の頃に法務部長から)ベストインタレスト・オブ・ザ・カンパニーを考えて仕事をすべきなのだということを強烈に言われました」「(社内の相談者をクライアントと呼んだ法務同僚を部長が叱って)『クライアントは会社だと言っているだろう!』」
少德彩子=松村祐土=野島嘉之=高野雄市「座談会 ジェネラル・カウンセルの役割と資質」 NBL1300号(2025年)4-33頁
ご登壇者
①パナソニックホールディングス株式会社 取締役/執行役員 グループGC、グループCRO 少德彩子 氏、②株式会社日立製作所 代表執行役 執行役常務 CLO兼ゼネラルカウンセル 松村祐土 先生、③三菱商事株式会社 代表取締役 常務執行役員 野島嘉之 氏、④三井物産株式会社 常務執行役員 General Counsel 高野雄市 氏
中堅組織内弁護士による分析(個人的な考え)
野島嘉之氏(三菱商事 常務執行役員)の「クライアントは会社だ」という(上司の)一喝は、法務部員が直面する最も根源的な倫理的問いを突いています。目の前の相談者(同僚)に寄り添うことが正義なのか、それとも抽象的な「会社」という存在に尽くすのが正義なのか。この問いに対し、経済学と社会学の二つの古典的理論は、いくつかのヒントを示唆している気がします。
(なお、弁護士法上は、もし択一で「クライアントは会社である」いう選択肢があれば、それが正解です。ただここでは法律はさておき、別の学問の観点からジレンマについて視点を深めることを狙いにしています。)
エージェンシー理論:会社は「契約の束」であり、同僚は「代理人」に過ぎない
まず、マイケル・ジェンセンとウィリアム・メックリングによる「エージェンシー理論」は、この問題を構造的に解明している気がします(多分)。
彼らは企業を「契約の結節点(Nexus of Contracts)」であると定義しました。この観点では、会社こそが本人(プリンシパル)であり、事業部の担当者も法務部員も、等しくその代理人(エージェント)に過ぎません。
もし法務部員が目の前の担当者をクライアント(本人)と見なしてしまえば、担当者が個人の保身や部門利益のために会社全体の利益を損なう行為(モラルハザード)を働く際に、それに加担することになりかねません。
野島氏の教えは、法務部員に対し、同じエージェントである同僚の顔色をうかがうのではなく、真のプリンシパルである「会社(株主を含む利害関係者の総体)」の利益を最大化せよという、経済学的合理性に基づいた規律を示唆していると拝察しております。
The private corporation or firm is simply one form of legal fiction which serves as a nexus for contracting relationships… The firm is not an individual. (私的な株式会社や企業は、契約関係の結節点として機能する法的擬制の一形態に過ぎない… 企業は個人ではない。) Michael C. Jensen and William H. Meckling, “Theory of the Firm: Managerial Behavior, Agency Costs and Ownership Structure” (1976).
官僚制理論:近代組織の根幹は「非人格性」にある
次に、社会学の巨人マックス・ウェーバーが提唱した「官僚制(Bureaucracy)」の理論が、この姿勢を倫理的に裏付けている可能性があります(多分)。
ウェーバーは、近代組織の最大の特徴は「非人格性(Impersonality)」にあると説きました。組織運営は、個人の感情や人間関係(誰が好きか嫌いか)ではなく、定められた規則と役割に基づいて行われなければならない、という主張です。
「クライアントは会社だ」という言葉は、ウェーバーが理想とした「怒りも情熱もなく」職務を遂行する姿勢そのものです。目の前の同僚という「人」ではなく、会社という「機能とルール」に奉仕することこそが、組織を腐敗から守り、永続させる唯一の方法です。
冷徹に聞こえるかもしれませんが、この非人格的な献身こそが、近代組織におけるプロフェッショナルの条件と言えるかもしれません。
The objective discharge of business primarily means a discharge of business according to calculable rules and without regard for persons. (業務の客観的な遂行とは、主に計算可能な規則に従い、かつ人を顧慮することなく業務を遂行することを意味する。) Max Weber, “Economy and Society” (1922).
同時に、リーガルの仕事は、私個人の見解としては、ヒューマントゥーヒューマンの仕事である事は間違いなく、胸の奥底やリーガル部門の中で明瞭な一線を引く事は大事であるものの、相手への伝え方のコミュニケーション次第で同じことを伝えるにしても、全く印象が変わるということです。上記のような理屈が正しいからと言って、「私はあなたを依頼者と考えていません。だから言うことを聞きません。」と言ったような稚拙なコミュニケーションではなく、相手に寄り添いつつも、なぜそれが難しいことなのかと言うことをわかりやすく、相手の視点で伝えることが大事だと思います。
経理部に相談に行ったら、「ウェーバーが理想とした怒りも情熱もなく職務を遂行する姿勢が大事だから、あなたの経費申請が間違ってます」と冷たくあしらわれたら、あなたはどう思うでしょうか。頭の体操と現実の世界は区別することが大切です。
結論:孤独を引き受ける覚悟
ジェンセンの経済学とウェーバーの社会学。この二つが示すのは、法務パーソンが真に忠誠を誓うべき対象は、昼食を共にする親しい同僚ではなく、会社という抽象的な実体であるという冷たい事実です。
野島氏の言葉を実践することは、時に現場からの反発や孤独を招くかもしれません。
しかし、その「嫌われる勇気」を持ち、人間関係の情を超えて会社全体の利益(ベストインタレスト)を守り抜くことこそが、法務部員や組織内弁護士に課せられた苦しい使命なのです。明日、相談に来る同僚に対し、変わらず笑顔で接しつつも、何か会った際には「私たちの会社を守る」という適切な羅針盤を持ち続けていきましょう。
同時に繰り返しになりますが、このような使命は、相手をがっかりさせるコミュニケーションを正当化させるものではありません(抗弁として主張自体失当)。コミュニケーションを磨かず、専門家が横柄な態度で事業部門に接することを正当化するものではないことも襟の裏に書いておく必要がありそうです。
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(了)
※記事に関しては個人の見解であり、所属する組織・団体の見解でありません。なお、誤植、ご意見やご質問などがございましたらお知らせいただければ幸甚です(メールフォーム)。







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ソリューション
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