本日の日経朝刊21面『社内弁護士 変わる役割』をお読みになり、どうお考えでしたか?

みなさまは、日経朝刊の記事『社内弁護士に求められるビジネス感覚 営業で修業も』をお読みになってどうお感じになられましたか?

組織内弁護士に対する期待が高まっているという点についての多くの議論が存在しますが、本当にその通りなのでしょうか?

この記事を読んで感じた即座の疑問は、強調されている「役割の変化」が、実際には「企業の法務部が資格を問わず、長らく法務部員に求めてきた業務と何ら変わらないのではないか」という点です。さらに、「この役割の変化は組織内弁護士だけでなく、法務機能全体のベストプラクティスが進化している組織の一環であり、その観点からすればフォーカスが不適切である(資格に関係なく法務部を強化してきた人々の貢献が見落とされているのでは?)」と考えられます。この点について、一緒に考察していきましょう。

社内弁護士 変わる役割 の記事要点

どのような内容が報じられたか?(summarized by ChatGPT4.0)

この記事は、日本企業で働く社内弁護士に関する最近のトレンドと変化に焦点を当てています。以下は主要なポイントとデータです。

  1. 社内弁護士の数は増加しており、2023年には初めて3000人を超えました。この10年で約3倍に増加しています。
  2. 企業で働く弁護士の役割は多様化しており、法律知識だけでなくビジネススキルも求められるようになっています。
  3. かつては外資系が主に弁護士を採用していましたが、現在では日本の企業も多く採用しています。
  4. 社内弁護士は、従来の契約書のチェックや訴訟業務に加え、M&A、コンプライアンス、人権など、多岐にわたる業務に関与しています。
  5. ある商社では、新卒の弁護士を中心に採用しており、ビジネスへの興味とロイヤリティーを重視しています。
  6. 法務人材への需要は高まっており、待遇も向上しています。年収1000万円以上の社内弁護士は、2013年に全体の4割だったが、2023年には約6割になっています。 

この記事は、企業で働く弁護士が法的専門家からビジネスの専門家にもなるべきであるという、業界内での認識の変化を強調しています。

社内弁護士 変わる役割 に対する疑問

企業で働く弁護士の役割は多様化しており、法律知識だけでなくビジネススキルも求められるようになっています。

渡部の所感 日経の法税務セクションは常に高品質な記事を提供しており、今回の記事も組織内弁護士の役割について積極的なメッセージを発信している素晴らしいものでした。その価値を認めつつ、組織内弁護士という帽子をいったん外し、「法務部門(資格の有無にかかわらず)」という観点から考えた場合、誤解があるのであれば申し訳ありませんが、いくつかの点で論理が飛躍している(説明不足)と感じました

以下、敬意をもって記事の主張に対してChallengeさせていただきます。

解説 2019年の経済産業省「法務機能在り方研究会」のWG委員以降、日本の伝統的な企業における法務部長経験者との交流が増し、多くを学ぶ機会に恵まれています。この法務の先達らから伺った我が国の予防法務20年の歴史に基づくと、組織内弁護士の数が増える以前から、法務部門を内部から支えてきた先輩方は、歴代の先輩から「ビジネスに精通すること」を当然とされ、その精神を後輩にも教えてきたとのことです。

この観点からすると、表面的には組織内弁護士の数が増加し、その役割が拡大・変化しているように見えますが、実際にはこれは法務部門全体での法務機能および予防法務のベストプラクティスが進化している一側面に過ぎないのかもしれません。すなわち、弁護士資格を持つ者が法務部員として働いている場合、その役割の変化は「付随的な」ものであり、チーム全体の動きとして捉えるべきではないでしょうか。

検証 以下のテキストは、日本組織内弁護士協会の施策立案において、また組織内弁護士や法務部門に関する記事や講演を執筆する際に、私が重視する「データをチェックしましょう」という点に基づいています。参照している資料は米田憲市編『会社法務部[第12次]実態調査の分析報告』(商事法務、2022年)です。米田先生とは、デジタル臨調作業部会SWGの法制事務のデジタル化検討会でご一緒させていただいております。この文脈で、本記事が米田先生の著作に基づいて適切にチェックされた上で執筆されているのかどうか、敬意をもって疑問を提起したいと思います。

このようにして、既存の研究やデータに基づいた精緻な議論を展開することが、組織内弁護士や法務部門の現状と未来についてより深く理解するための鍵であると考えています。既存の研究がきちんと考慮されていない場合、その議論は必ずしも確固たるものではないかもしれません。このような観点から、本記事及びその他の関連論考がどれほど科学的な根拠に基づいているのか、慎重に評価する必要があります。

検証 8年前から変わらない弁護士を採用したくない理由 TOP3

米田憲市編『会社法務部[第12次]実態調査の分析報告』(商事法務、2022年)241頁には、下記のとおり、弁護士資格を持った人を採用するときの「心配事・懸念」がきちんと調査されています。2015年(8年前)に置いて既に、私の肌感覚とも一致する通り、弁護士を採用したくない理由TOP3は明確であり続けたといえます。

  1. ビジネスセンス(に欠ける)
  2. 企業文化や企業風土に対する理解(に欠ける)
  3. 組織人としての意識(に欠ける)
会社法務部[第12次]実態調査の分析報告

若干の考察

本記事が「組織内弁護士の人員増大」や「業務拡大」を強調して「変わる役割」と位置づけていますが、2012年から組織内弁護士として活動してきた私の視点では、その現象は「10年以上前から続いている」ものと認識しています。特に「法律事務所から弁護士バッチを採用ポイントとして売りに来る候補者が絶えない」現状を踏まえた上で、2015年の調査結果も含め、「法務部門の期待(Expectation)や懸念(Concern)」は基本的に変わっていないと言えます。

この10年以上の変化の本質は、従来から法務部門で期待されていたスキルや懸念に対応できるようになった弁護士が増えたということです。つまり、従来の法務部員が既に有していたビジネススキルなどを、組織内弁護士もようやく身につけてきたという現象が見られます。従って、これを「役割の変化」と言うよりは、「資格を持つ者が従来の期待値に適応できるようになった」結果と見るべきかもしれません

言い換えれば、記事が主張する「組織内弁護士の役割の変化」について、従来から実践されてきた予防法務や法務部門の機能に照らして考えると、その解釈は少々狭すぎるように感じます。

  • 記事によれば、組織内弁護士は従来、契約書のチェックや訴訟に関する業務が中心であり、近年では自社ビジネスへの深い理解が必要とされるようになった、とされています。しかし、予防法務を長らく実践している法務部門では、組織内弁護士が増えた近年でもその基本姿勢は変わっていないのが実情です。
  • すなわち、予防法務を志向する法務部門の先達が、欧米に負けない品質で業務を行い、その上で新しく加わる(場合によっては弁護士資格を持つ)法務部員がその流れに乗って役割を拡大している、というのが真相ではないでしょうか。
  • 更に言えば、弁護士バッチを採用の売りとする候補者がまだ多い中で、以下の3点に対応できる法務部員(資格の有無にかかわらず)が増えてきたというのが、実際に近い状況と言えるでしょう。
役割が変わったのではなく「追いついた」だけ

・自社ビジネスに精通する。
・法務部門と事業部との連携を強化する。
・(臨床法務技術であるリーガルリスクマネジメントを駆使し)従来以上に、経営陣の「informed decision」に寄与する。

このように、記事の「役割の変化」については、より多面的で歴史的な観点から検討する必要があると感じています。

では、具体的にどう行動すればよいのか?(私見)

たしかに、弁護士という資格は私にとっても重要な一要素であり、それに誇りを持つことは素晴らしいと思います。同時に、組織内で働く法務専門家としての役割は、単に法的問題を解決するだけではなく、ビジネス全体に対して価値を提供することにもつながります。

資格や学識は確かに重要ですが、結局のところ「あなたに相談してよかった」という一言が、どれだけ法務部門が事業部門や経営層に貢献しているかを象徴する瞬間であると思います。法務部門が真にビジネスパートナーとして機能しているかどうかは、そのような具体的な成果や評価によって明らかになるでしょう。

従来の先輩方が築き上げてきた「ビジネスパートナー」としての役割を引き継ぐ上で、専門的なスキルや知識を活かしながらも、より広い視点で企業や組織に貢献できる方法を常に探求することが大切です。

そうした精神を持ち続けることで、弁護士としても、また一人の専門家としても、更なる成長と対外的な信頼を築いていくことが可能だと考えます。

Q:インハウス弁護士の方から、法務部での不協和が生じて苦しいという話を聞くこともありますが、どうアドバイスされますか。

A: 状況は人によって異なると思いますが、まずは成果を着実に出していくなかで、弁護士資格の有無に関係なく「◯◯さんは良い仕事をしているよね」と評価してもらえることが大きいと思います。私も似たような道を通って参りました。

当時はまだ資格に頼っていました

今は「良いリーガルサービスを提供してくれる渡部友一郎さん」と思ってもらえることが一番うれしいです。

たとえば、Airbnbの社内コミュニケーションで「弁護士」って名乗るのは周りを笑ってほぐしたり、はげますときぐらいです

Airbnb流、事業を前に進める法務の力 リードカウンセル渡部 友一郎氏に聞く

私も日々、最高のアドバイス(法律に限らない)を提供するという自分自身のミッションのために努力を重ねたいと思っております。本記事はあくまでも個人の限られた視座からの投稿でしたが、日経の記事をきっかけに、よりホリスティックな視点から、組織内弁護士が法務部門の一員として「弁護士バッチを売りに来る」時代から「(あなたのお名前)さんがいてくれてよかったと言われ、御社の事業発展に貢献したい」とアピールできる時代になって欲しいです。

私は、決して、「組織内弁護士だからどうこう」という偏った視点ではなく、日本の法務部門で先達らが模索して構築してくれた、欧米に比肩しうる法務機能を発揮するための我が国20年の予防法務発展の歴史を見逃さないでほしいと願っております(特に、当時の私含め、往々にして勘違いをしやすい弁護士登録年数若い方は、このミステイクをやりがちなので、日経の記事を読んで組織内弁護士がなんだか偉くなった気にならないようにお願い致します)。

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ご相談・講演のご依頼などはこちらからご連絡を賜れますと幸いです。


(了)

※記事に関しては個人の見解であり、所属する組織・団体の見解でありません。なお、誤植、ご意見やご質問などがございましたらお知らせいただければ幸甚です(メールフォーム)。

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