色眼鏡の効能:法律家の対人認知の歪み
私たち法律家は、日々の業務で多くの人々と接しています。依頼者、相手方の代理人、裁判官、などなど。公正に見ようと努めながらも、どうしても心の中に浮かび上がる「色眼鏡」が邪魔をすることがあります。この「色眼鏡」というのが厄介で、一度かけてしまうと、なかなか外すことができないのです。今回は、この「色眼鏡」の正体である「対人認知の歪み」について、社会心理学の知見をもとに考えてみましょう。
歴史の中の色眼鏡:フリッツ・ハイダーとバランス理論
対人認知の研究は、1950年代にフリッツ・ハイダーという心理学者が提唱した「バランス理論」から始まりました。彼は、「人間は自分の意見や態度に矛盾があると不快感を抱くため、それを調整しようとする」と言いました。これを聞いたとき、私は瞬間的に「そりゃそうだよな」と思いました。だって、昔、事務所で同僚の外国人Aさんが、同僚のBさんに対して、突然「君、今日のネクタイ、変だよ」と言ったことがあったんです。彼は確かにその日、柄の派手なネクタイをしていたのですが、それを批判された瞬間、彼が妙に腹を立てていたのを覚えています。その理由は簡単、きっと、そのネクタイを選んだのは「これこそが洒落たネクタイだ」という確信があったからだと思います。この時、彼は無意識に「バランス理論」を実践していたんですね。自分の選択を正当化するために、Aさんの意見を「この人には洒落がわからない」と切り捨ててしまった。まさに「色眼鏡」の一例です(とはいえ、正当な反応だと思います)。
対人認知の歴史:帰属理論から認知的不協和まで
対人認知の歴史を紐解くと、1950年代のハロルド・ケリーが提唱した「帰属理論」も忘れてはなりません。人は、他者の行動を「その人の性格のせい」にするか「その場の状況のせい」にするか、という判断を無意識に行っています。これも法律家にとっては重要なポイントです。たとえば、弁護士Cさんは、ある裁判の打ち合わせ中に、相手方の代理人Dさんがなかなか態度を変えず、「この人、融通が利かない」と感じたことがありました。でも、その後わかったことですが、相手方の代理人Dさんはクライアントからの強い指示を受けていて、自分の意見を表明できない状況にあったのです。弁護士Cさんがその時、「彼は頑固な性格だ」と判断してしまったのは、まさに「帰属の誤り」に他なりません。
さらに1960年代には、レオン・フェスティンガーが「認知的不協和理論」を提唱し、「人間は矛盾する信念や態度に不快感を覚え、それを解消しようとする」ことを示しました。私たち法律家も、案件を進めている中で、自分の考えが二転三転すると不安になりますよね。「これが正しい」と思って進めていた手続きが、実は依頼者の利益にならないことが判明したときなど、冷や汗が出るものです。これも認知的不協和の一種でしょう。
現代における対人認知の研究:バイアスと認知戦略
現代の対人認知の研究は、バイアスや認知戦略を中心に展開されています。ダニエル・カーネマンとアモス・トヴェルスキーが1970年代に行った研究では、人が判断を下す際に、直感的なショートカットを使いがちで、これが誤った判断を引き起こすことが多いとされました。これも法律業務においては見逃せないポイントです。
例えば、弁護士Eさんは、ある相続案件で「この依頼者は誠実そうだから、話も通じやすいだろう」と直感的に判断し、細かい点を見逃してしまったことがありました。後になって「この依頼者、実は話を盛っていた」という事実が判明し、Eさんは冷や汗をかいたそうでs。これも「直感的判断」の典型的な例です。私たちは時に、「この人は良さそうだ」「悪そうだ」と一瞬で判断しがちですが、法律家としては慎重に考える必要があります。
色眼鏡を外すために:法律業務における対人認知の実践
では、私たち法律家がこの「色眼鏡」をどのようにして外せば良いのでしょうか。対人認知の歪みを理解し、正確に相手を判断するためには、まず自分のバイアスに気づくことが必要です。たとえば、過去に問題を起こした依頼者と似た雰囲気の新しい依頼者が来たとき、「また面倒なことになりそうだ」と即座に決めつけるのではなく、「この人は別の個人だ」と冷静に自分に言い聞かせることです。
また、日々の業務の中で、自分がどのように相手を認知しているのか、振り返ってみることも大切です。たとえば、上記のケースのように「見た目が穏やかな代理人だから、円満に解決できるだろう」と期待するのは、決して悪いことではありません。しかし、それに囚われてしまうと、相手の真意を見誤ってしまうこともあります。
終わりに:色眼鏡を理解し、受け入れる
結局のところ、「色眼鏡」は完全には外せないものです。私たちが法律家である前に、一人の人間である以上、感情や直感、過去の経験からの影響を受けるのは避けられません。しかし、それを理解し、受け入れた上で、できる限り冷静に対人認知を行うことが求められます。これが私たち法律家がクライアントや関係者と向き合う際の、最も重要な心構えと言えるでしょう。
司法書士の「二大雑誌」の1つ『月刊登記情報』(きんざい様)での管理人の連載「法律業務が楽になる心理学の基礎」(京都大学の心理学の先生にレビュー頂いておりました)をベースとしたエッセイ風の気楽な読み物です。エッセイでの設定は適当です。
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